大人の女に手を出さないで下さい

男とは器なり

「はあ…」

仕事中、蒼士はため息を溢した。
今日の夜、予定が合ったとか何とかで父の敏明と速水と3人で会食の予定が入っている。
あまり会いたくない男とまた対峙しなきゃならないかと思うと途方に暮れる。
おかしいな、今まで誰に対しても物怖じしない性格だったはずなのに速水を前にするとどうしても身構えてしまう。
梨香子の元夫というだけでも嫉妬心が疼くのに、彼の持つ貫禄に気後れしてしまってる自分がいる。

「蒼士、まだ終わらないのか?予約の時間に遅れるぞ」

いつもの如くノックも無しに入ってきた父に蒼士はまたもやため息を吐いた。
本当は今日やるべき仕事は終わっていた。でも行きたくない心情が蒼士の行動を遅くする。
今行くと言いながらのそのそと書類を片づけている蒼士に父敏明はどうしたのかと首を傾げていた。

行きつけの料亭に着いたのは予約時間ぎりぎり。
凛とした佇まいの女将に案内されたのは厳かな雰囲気溢れる個室で、中ではすでに速水が座っていた。

「いやいや、速水くん遅くなって申し訳ない」

「いえ、私も今来たところです」

立ち上がり出迎えた速水と和やかに挨拶する父を尻目に蒼士は速水を観察する。
仕立てのいいグレーの三つ揃えのスーツを着こなし、きっちりと整えた髪に銀縁眼鏡が光る。
その奥にある目は涼やかで意志の強そうな眉。薄い唇が三日月のように口角を上げた。

「蒼士くん、この間はどうも」

「…こちらこそ」

出された右手に徐に自分の手を重ね握手をしながら蒼士は速水の左手を見た。
今もその薬指には指輪が光っている。
さっさと外せばいいのにと思っていると視線を感じたのか速水はわざと見せつけるように左手を上げ右手で掴んだ。
そんな速水を蒼士はつい睨んでしまう。

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