さよなら、片想い
8.もう一度言って
 まっすぐ設計部に戻ったのかと思ったら、岸さんは事務机のところで捕まっていた。
 友禅部の男手が出払って夕方まで戻らないので、大掃除要因として借りだされた様子だ。
 午後に部長を伴ってやってきた。

 岸さんはともかく、あんな偉い人に雑用頼んでいいの、と友禅部の皆で顔を見合わせたけれど、設計部ナンバー2の部長は嫌な顔をせずてきぱき動いてくれている。


 岸さんも腕まくりをして蛍光灯を拭いていた。
 距離はあっても、同じ部屋にいると思うと気が散るというか、意識の何割かを持っていかれる。


「これをしまえばいい?」

 そのとき私はロフトのようにせり上がった収納スペースにいて、内職パートさんから返却された折りたたみ机を片づけているところだった。
 この机がそれなりに重たい。抱えたまま梯子を二段上がったところで頭の高さくらい持ち上げて収納スペースの際に置き、梯子を登りきってから机を回収していた。一人だったから。

「呼べばいいのに」

 誰かを、という意味で言ったのかもしれないけれど、私には俺をと言っているように聞こえた。

「ばれたらいけないと思って」

「なにが」

「岸さんが高所恐怖症だってこと」

「どこ情報だ、それ」

「無理しなくていいですよ。イメージって大事ですもんね。守らなくちゃ」

「適当なことを言うし」
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