さよなら、片想い
7.素敵な夜
「寒……」

 私がそばにいたからって、岸さんは話しかけるように『寒いね』とは言わない。
 独り言にする。
 拾うのは私だ。

「お日様出てないだけでだいぶ違いますね」

 これから帰ろうというときにお日様もなにもない。
 十二月の日没の時間はとっくに過ぎていた。
 タイムカードを押しにきた社員の一団が去って、初めて岸さんがこちらを向いた。

「名取さん、イブの予定は?」

 24日は平日で仕事なので、特に予定は入れていなかった。
 家でチキンとケーキを食べるくらいだ。
 あとは友達とクリスマス前の週末にホームパーティーをすることになっている。

「じゃあ仕事のあと時間あけといて」

「それってどういう?」

 秘密、と岸さんは言った。
 デートなのかそうでないのかくらい教えてくれたっていいのに、と思ったけれど、食事のときは食事と言ってくれた。それなら食事ではないのかもしれない。
 過剰に期待して落胆したくなかったので、イブに岸さんとの約束がある、とだけ心に留めおいた。
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