探偵さんの、宝物

二節【初仕事は密室で】

 なぜ楓堂探偵事務所に入ったのか。
 私自身よく分からない。



「どうするんですか?
 み、見られてますけど……!」

 真っ暗な車内で、楓堂さんの肩に隠れながら小声で訴えた。

 ここはあるラブホテルの敷地内。
 私の初仕事は探偵として最もメジャーな依頼だった。
 そう、殺人事件の捜査……ではなく浮気調査だ。

 対象者の車を楓堂さんの運転する調査車両で尾行していたら、途中で女性を乗せてラブホテルに入っていったので、撮影の為に私たちも続いた。
 郊外にあるワンガレージ・ワンルーム式ホテル――一つの部屋に対し一つの車庫がついていて、そこから直接各部屋に入れる様式だと楓堂さんに聞いた――で、対象者の車の正面の位置の車庫に停めることができたので、ここで部屋から出てきて車に乗り込む二人を撮影するということだった。
 私と楓堂さんは、カーテンをしたコンパクトカーの後部座席に、固定したビデオカメラと共に身を潜めていた。

 しかし、従業員が車のナンバーを控えにやってきた。そして、入室がまだなのに気付き車を覗き込み始めた。怪しまれたら、通報されてしまうかも知れない。
 私は恐怖と緊張で座席と楓堂さんに張り付いていた。

 初めての仕事でこんな目に遭うなんて!

 ――僕がついていますから、焦らずに、現場で段々と学んでいきましょう――

 つい昨日言われた言葉が憎い。

「楓堂さんの嘘つき!
 全然段階踏んでない!
 いきなりハード過ぎます!」

「大丈夫ですから落ち着いて、僕に任せてください。
 こういうときは……」

 楓堂さんは機材が入ったバッグを掴み、ドアに手を掛ける。

「お客様になってしまえば良いんですよ」

 お客様って……ラブホテルの?

 一体何が大丈夫だと言うのか。
 全然段階踏んでない。
 何も、大丈夫じゃ、ない!
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