子猫のワルツ
 私は恋をした。
でもそれは叶わない恋なの。
奪ってまで、叶えたいなんて大それた事は思わないけど、願わくば甘い夢は見ていたかった。

 新人の交番勤務時代。
近隣で発生した事件の捜査のために、交番を訪れた彼に私は一目惚れした。
事件解決まで何度か交番を尋ねてきた彼に、募る想いはどんどん大きくなっていった。
本部勤めになれば、毎日会えるかもしれない。
そう思って、私は昇進のために毎日励んだ。
そうして1年後、頑張りが認められた私は、本部配属になった。
部署は違うけれど、私は生活安全課。彼は少年課で顔を合わせられなくは無い距離に近づけた。
ああ、これから毎日甘酸っぱい時間が過ごせるんだなんて甘いことを考えていた矢先、私の夢は打ち砕かれた。
「佐々木さんと加藤さん、ほんとお似合いだよなー」
通り過ぎる、名も知らない同僚たちのそんな話を聞いてしまった。
おに、あい……?
私が追いかけていた彼ーー佐々木さんには、お付き合いしている人がいた。
それも彼と同じ部署の加藤さん。とても美人でスタイル抜群。仕事も勤勉で、非の打ちどころのない人。
同期に幼女体型とまで言われる、つるぺたチビな私とは大違いだった。
頑張って追いかけてきたけど、ここまでなんだ……。
学生時代ぶりの失恋に、その日私は深酒をした。

 潜入捜査で惺子さんと恋人のフリをした。
自分の高身長と、彼女の非の打ちどころのないルックスがどうやらハマり役らしく、同僚たちからは「お似合いだ」なんて言われているけど。
正直惺子さんは俺のタイプではない。
確かに美人でスタイルはいいが、非の打ちどころが無さすぎてとっつきにくい。
バディとして、同僚としては尊敬しているし信頼もできるが、自分の好みとしては少し幼げの残るような、自分がいないとダメだなと思えるような女性が好ましかった。
「私と佐々木が付き合ってるって、本当に信じてる人いるみたいね」
お昼の休憩中、署の屋上で一緒に休憩していた惺子さんが鼻で笑っている。
あまり知られていないが、彼女は外見のさっぱりした印象とは裏腹に、かなり恋愛について重たい女性だ。
何度か今までに一緒に飲む機会があったが、深酒をした時に語られる彼女の恋愛感は正直面倒臭い。
「まあ、ありえないですね」
俺も否定する。というより、惺子さんとお付き合いだなんて、俺から願い下げだ。
この噂のせいで彼女出来なくなったらどうしよう、そんなことを考えると虚しくなってしまって、明後日の方角を見つめてしまった。

 確かにいつ見ても、佐々木さんと加藤さんは一緒にいた。
仕事のバディであることも分かってはいるけど、それにしても一緒すぎる気がする。
それに佐々木さんが惺子さんを名前呼びしている場面にも遭遇してしまって、私は傷心でさらに凹んでいた。
「ねえ千花聞いて……私もう立ち直れないかもしれない……」
同期の夏目千花に泣き言を言うけど、彼女はあまりにもバッサリと「そう」の一言で私を切り捨てる。
ちなみに私を幼女体型のつるぺたチビと言ったのも彼女だ。
「ちぃーかぁー私の悲しみを理解してよぉーーー」
涙目の私をガン無視で彼女は仕事に没頭する。
話が続かない、そう思った私はぐずぐずと鼻をすすりながら、涙目で仕事を再開した。
そこから数分デスクワークをしていると、すみませーんと誰かがうちの課を訪ねてくる。
顔をあげると、そこには佐々木さんが居た。
「さ、さささ佐々木さん⁈」
あまりの動揺に、盛大に噛む。
私の様子に目を丸くした佐々木さんは、けらけらと笑った。
「君、去年交番で対応してくれた子だよね。久しぶり」
そう言って握手をしてくれる。
さ、佐々木さんが私のこと覚えてくれてる……。それだけで、さっきの涙目が嘘のように心が温まる。
思わず私の鼻の下が伸びかけた時、後ろから千花が釘を刺してきた。
「菜々、お相手がいる方に不用意な接触はダメよ」
はうう、現実だ。そうだ。佐々木さんには加藤さんが居る、おずおずと握手していた手を引こうとすると、何故か佐々木さんはその手を離してくれない。
「あの、佐々木さん?」
何度も引こうとするのに、手が離れない。
もしかして、私が無意識に握っているのかとも思ったけれど、違う。
「菜々ちゃんっていうんだ?」
佐々木さんが私の顔を覗き込んでくる。
背の高い彼が、チビの私の目線に合わせるために腰を折る。
「は、はい……」
突然の出来事に頭がついてこない。
「誤解してるようだけど、俺と惺子さんは付き合ってないよ」
そう言って彼は「課長いる?」と本題へ戻っていった。
どういうことなの。どうしてそれを、私に言うの……?

 正直に言うと、去年会った時から好みだった。
そんな彼女がまさか同じ署に勤めていると分かって、思わず握った手を離せなかった。
彼女の同僚らしい子が、俺と惺子さんの噂で牽制をかけるけど、彼女の様子からして多分脈なしでは無いと思った俺は、噂を否定した。
それ以上は公衆の面前で、彼女に告白してしまいそうだったので「課長いる?」と話をすり替える。
嬉しかった。
久しぶりに心が甘酸っぱい気持ちになった。
ということを惺子さんに言ってはみたが、「ふーん」だ。反応が薄い。
「惺子さんとの噂のせいで彼女出来ないかもしれなかった俺に、春が到来しかかってるんですよ!少しは祝福してくださいよ」
切々と訴えるけど、彼女はパックのジュースをじゅーっと吸って無反応。
「女性って何されたら振り向くのかな……」
警察官になるまでバスケ一筋できた俺は、彼女こそ居た時期はあるけれど、自分からのアプローチには疎い。
少しは惺子さんからの助言を期待はしたけど、彼女の恋愛観的に、それは難しそうだと今になって気づく。
話す人を間違った。そんな気持ちで肩を落としていると、意外にも彼女はアドバイスをくれた。
「はっきり言えばいいじゃない。彼女も佐々木のこと気になってるみたいなんでしょ?好きですって言っちゃえ」
全くアドバイスではなかった。それが出来ないから困っているのだが、それ以外も無い。
ああ、どうしよう。
男、佐々木栄一。惚れた子に告白できず、もじもじしています。

 佐々木さんに付き合ってない宣言をされた日から、私の脳内はまた彼一色だった。
希望がまだ持てると分かってからと言うもの、署内で彼を見かけるたびに顔がニヤニヤしてしまう。
私にも望みはあるのかな……。そもそも何で佐々木さんはわざわざ私にあんな宣言したんだろう。
あの状況を見ていた千花に聞いても、「自分で考えて」しか言ってくれなくて分からない。
は、もしかして加藤さんとは付き合ってない=他に付き合ってる人は居ますってことなのかな。
もしそうだとしら、ショックどころか二度までも失恋することになる。
もうそうなったら、私は退職して引きこもりまっしぐらコースのダメージを受ける。うん、その確信はある。
だめよそんなの。相葉菜々、女を見せるのよ。
私は立ち上がり、休憩室のドアを開けながら意気込む。今日こそ言うんだ、
「佐々木さん付き合ってくださいっ!」
よしと、ガッツポーズをとる私の隣で、缶の落ちる音がする。
振り向くとそこには、缶コーヒーを落としたらしい佐々木さんが居た。
「へ?」
あまりの衝撃にフリーズする私。
顔が熱い。多分いま真っ赤になってる自信がある。
どしよう。よりによって佐々木さん本人の前で口走ってしまうなんて……。
終わった。そう思っていると、ガッツポーズのまま固まっていた私の両手を、佐々木さんがガシッと掴む。
「本気?」
彼の頬も赤い。
こうなったらやけくそだ。
「本気も本気の大本気です。佐々木さんに会いたくて、近くに居たくて、本部志願して異動してきました!」
当たって砕ける覚悟で、本音をぶちまける。
ぎゅっと目を瞑っていると、くちびるに柔らかな感触があった。
驚いて目を開けると、私はなんと佐々木さんにキスされている。
再びフリーズする私。
体を離すと、佐々木さんはこう言った。
「言わせてごめんね。俺も菜々ちゃんが好きだよ」
後になって分かったけれど、佐々木さんの後ろには加藤さんがずっと居たらしく、しばらく会うたびに「熱烈〜」と笑顔でからかわれた。
佐々木さん、大きいから後ろに人が居たなんて、気づかなかった……。
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