転生人魚姫はごはんが食べたい!
すれ違う夫婦
 日が昇ってからよりも夜の闇に紛れて行動するべきだという旦那様の指示でマリーナ姉さんは夜会が終わるとすぐに海へと運ばれた。旦那様が信頼出来る人間を素早く集めてくれたおかげだ。
 水槽から海へと移ったマリーナ姉さんは国に戻る前、私に言った。

「エスティ、その人が貴女の旦那様なのね」

 旦那様は最初に挨拶してくれたけれどマリーナ姉さんは聞く耳を持たなかった。ずっとそっぽを向いていて、まるで旦那様がいないもののように振る舞っていた。今だってそう。私を通して旦那様の存在を確認しようとしている。
 でもマリーナ姉さんが受けた仕打ちを考えれば無理はない。マリーナ姉さんにとって人間は自分を捕らえていた憎い相手で、旦那様もそれをわかっているからこそ気にするなと言ってくれた。それどころか人間がそばにいない方がいいとまで言い、極力マリーナ姉さんの視界に入らないよう配慮までしてくれた。

「一応、お礼は伝えておいて。でも私は、その人を信じることは出来ない。だからエスティ、私と一緒に海の国へ帰りましょう」

 マリーナ姉さんが私に手を差し伸べている。きっと姉さんは私が永遠を失っても変わらず妹として接してくれる。姉さんの戻った海にはこれまで以上に穏やかで、平和な日常化が待っているとも思う。

 文字が読めなくて困ることもない。頑張って腹筋して、肩凝りに悩まされる必要もない。突然夜会に連れ出されて戸惑うこともない。慣れないヒールに苦労することもない。
 でも私は、そんな生活が嫌いじゃない。念願のごはんが食べられて、それに……旦那様がいる。

 私は旦那様の様子を盗み見た。会話は聞えているはずなのに、旦那様は少し離れた場所から見守っているだけだ。まるで決めるのは私だと言うように。もしも帰りたいと言えば、この優しい人は頷いてくれるのだろうか。

 考えるだけ無駄なことね。だって私の答えは最初から決まっているもの。

「ごめんなさい。私、一緒には行けないわ」

「どうして?」

 硬く鋭い声で問いかけられる。

「私の帰る場所は、もうこの人のところよ」

「そう……」

 マリーナ姉さんは悲しそうに背を向ける。姉さんを追いかけたい気持ちもあるけれど、もっと淋しそうな人が隣にいては放っておけない。
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