俺と、甘いキスを。
お見合い前夜

三月十三日の金曜日。
いつもどおり出勤したものの、周りの女性たちは何故か落ち着きがないように見える。ひそひそと小声で話し合っているようだから、気にしないと思えば気にならないのだが。そんな光景がやたらと目につくので、気にしないと思っても気になってしまう。

「十三日の金曜日、だから?」
「いつの時代の話ですか。彼女たちが既に浮き足立っているのは、明日のことが発表されるからですよ」
「明日のこと?」

明日は三月十四日。
ホワイトデーだ。

「あっ。もしかして、右京さんの……?」
「そうです。明日、ホワイトデーの右京さんとのディナーを、誰が一緒に行くのか。それが前日の今日、右京さん自らがエスコートするお相手に申し込みに行くんです」
「なるほど……」
私はちなみの説明に、軽く頷く。

『今日は用事があって研究所に行くんだ』

右京さんは今日までお休みとはいえ、これを伝えるために研究所に来るのか。

──ずっとうちにいたのだから、そんな勿体ぶった言い方をしなくてもいいのに。それに、そんな話、今まで話題にもなってなかったのに。

いつ相手を決めたのか、不倫相手となった私に彼が話すわけもないかと、両肩の脱力感を覚える。
右京蒼士の朝の様子は変わらないように見えた。夕食の約束をしたくらいで、自然と日課になった「いってらっしゃいのキス」も違和感はなかった。強いていえば、自分の両親の方が落ち着きがなかったように見えたくらいだ。しかしそれは明日のお見合いで、早々に緊張しているのだと思えば納得のいくことだ。
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