氷の美女と冷血王子
隣に立つ資格
血が滲みそうな位ギュッと、彼女は唇を噛み締めていた。
じっと下を向き、顔を上げようとはしない。

「何があったのか話してくれ」

俺は精一杯声を和らげて尋ねたつもりだが、それでも彼女は答えてはくれない。

「コーヒーの、染みだよな?」

かなり頑張って拭いた後のようだが、胸元から大きなシミがスーツについている。

「誰に何をされた?」

「・・・」
やっぱり、黙り。

はあー。こうなったら何も話さないだろう。
それこそが彼女が誰かに何かをされた何よりもの証拠だ。


俺は、彼女の泣きそうな顔を初めて見た。
いつも凜として、強くてかっこいい女性だと思っていたのに、今は少し幼くさえ感じる。

「誰が何をしたって聞くのは諦めるから、何があったのかだけ教えてくれ」
それを聞かないことには、俺は今夜眠れそうにない。

「こぼれたコーヒーが、かかったんです」
投げやりな答え。

「随分高いところからコーヒーがこぼれたんだな」
嫌みのように返してしまった。

きっと、誰かにコーヒーをかけられたんだ。
それも社内にいる身近な人間だろう。
俺としては、今すぐにでも犯人を突き止めたい。
しかし、

「お願いですから、これ以上追求しないでください」
うつむいていた顔を上げた彼女は、はっきりとした口調で言った。

「それで、君はいいの?」
こんなことをされて黙っているなんて、おかしいだろう。

「いいんです。いつものことですから」
「え?」

「私がいるから事件が起きるんです」

「それは、君がしたことなの?」

「いいえ。でも、私がいなければ起きなかった」
うっすらと目をうるませ、彼女は俺を睨む。

どうした?
なぜ、怒っているんだ?
俺が何か、

「私が専務の秘書にならなければ、ここに来なければ、こんな思いをすることはなかったのに」
溢れそうになる涙を必死にこらえ、彼女は俺を睨み続ける。

生まれて初めて、俺は自分の感情が抑えられなかった。
< 72 / 218 >

この作品をシェア

pagetop