前世が猫の公爵は令嬢に撫でられたい
公爵は令嬢と知り合う
アーガイル公爵であるルーカスには前世の記憶がある。それは珍しいことではあるがあり得ないことではない。

実際、ルーカスの国でも近隣諸国でも、前世の記憶を持った人間はたまに現れる。
“転生者”と呼ばれる彼らは、ルーカスが暮らす世界では考えられないようなの知識を持ち、それを活用し、その国に多大な利益をもたらす存在として知られている。

そのため、転生者はどの国でも丁重に保護され、多大な富を得る。だが、ルーカスは自分が前世の記憶があることを誰にも話したことはない。

それはルーカスの場合、少し特殊だからだ。なんと、彼の前世は猫なのだ。転生者としても特殊であるが、ルーカスはそのことに不自由を覚えたことはない。

唐突に木に登りたくなることもないし、動くものから目が離せないなんてこともない。もちろんユラユラ揺れるものにパンチをくらわしたくなることもない。野菜も食べるし、風呂も嫌いではない。

ルーカスは今まで自分の前世が猫であることを親にも話したことはない。必要がないからだ。むしろ話したほうが弊害がある可能性すらある。

3人の子供がいるとは思えないほど、おっとりとした母は、『お手』と言ってくるかもしれない。だが、それはまだマシだろう。『お手をするのは犬です』と言えばいい。

かつて、その優秀な頭脳で宰相としてこの国を支えた父は、誕生日プレゼントにマタタビを送ってくるかもしれない。マタタビではなく猫じゃらしかも。それを受け取るときの反応をニヤニヤしながら見てくるのだ。『氷の宰相』だった父は家では、ただのいたずら好きな愛妻家だから。面倒なことこの上ない。

他にも余計なことをしてからかってきそうな人間は片手の指の数ほどいる。歳の離れた姉とか、乳母兄弟とか。

そんなわけで、ルーカスは自分の前世について誰にも話したことはないしこれからも話すつもりはない。
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