アンコールだとかクソ喰らえ!
アンコールだとかクソ喰らえ!

「心咲」

 かけられる全ての声も、向けられる全ての視線も無視して、ゴミを捨て、店を出た。しかしそれだけで振り切れるほど、来栖清武という男はシンプルではない。
 追いかけてくる足音に、掴まれた腕と、やや大きめな声で呼ばれた名前。足を止める気なんてないことはお見通しなのか、掴んだ腕ごと引き寄せる、なんてことはせず、寧ろ引きずるようにいくつかの狭い路地裏を通って、その先にある人気(ひとけ)のない公園へと連れてこられた。

「……帰りたいんだけど、何」
「このまま帰らせたら二度と連絡つかなくなりそうだかったから……その、ごめん、」

 錆び付いたブランコに、塗装の剥げている滑り台。座らされたベンチで、この公園の設備が長年放置されているのであろうことがありありと見て取れるその様を眺めながら問えば、来栖は私の足元にしゃがみ込み、私を見上げながらそう(のたま)う。
 何それ。野生の勘か。
 己の思考を読まれたようで、何も言えず、膝の上に置いた手の甲へと視線を落とした。

「なぁ」
「っ、」

 瞬間、さりげなく重ねられた、己のものより一回りほど大きな手。
 びくりと大袈裟に肩が揺れた。振り払わなくちゃ、と、そう思うのに、肩にも、腕にも、手首にも、全く力が入らない。

「……さっきの、元彼、だろ?」
「……」
「あいつと、より、戻してぇの……?」

 早く、早く、振り払えよ、私。
 なんて思ってる内に、きゅ、と手を握られた。
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