アンコールだとかクソ喰らえ!
自宅だったら破り捨ててたからな

 なにがなんだか。
 そう思えたのは、あの瞬間から、実に十二時間以上経過して、精密検査も終えて、退院の手続きについてやその他諸々の説明を母と共に受けてからだった。

「なら、俺が迎えにきます」
「あら本当? 助かるわぁ~、私、明日はどうしても仕事が抜けれなくて……ありがとうね、来栖くん」
「いえ、全然です」
「よかったわね、心咲。来栖くんが来てくれるなら、安心ね」

 あれから結局、まぶたしか動かせない私は喋るふたりを前に蚊帳(かや)の外で、あれやこれやと思考するのも疲れたのでそのまま寝てしまった。
 次に目が覚めたのは翌朝。カーテンの隙間から見えた空が明らんでいたから、そこそこに早い時間だったのだろう。喉が痛くて、ううん、と咳払いをしたら、泊まってくれたであろう母が、「起きたのね。はい、お水」とすかさずペットボトルの水を差し出してくれたのでそれを飲み干して「ありがとう」を吐き出した。少し掠れてはいたけれど、それでも聞き取れるくらいの声を出せたし、身体も起こせたから、母にはまだ寝てていいよと告げた。
 昨日のあれは、あの男の行動は、単なる見舞いであって、それ以上でもそれ以下でもない。そうだ、そうに決まってる。
 そう結論付けて、何もしない、何も考えない時間がゆったりと流れ、朝食が運ばれ、検査に呼ばれ、「レントゲンを見る限りでは脳にも骨にも異常は見当たらないので明日退院してもいいですよ」と言う医師の言葉を聞き終え、看護師さんから手続きの云々(うんぬん)について説明を受け終えた。
 までは、良かったのに。それをを見計(みはか)らったかのようなタイミングで病室に現れた六年前の元彼、来栖清武(きよたけ)

「ちょ、いらない、いらないよ、迎えとか。ひとりで帰れるから」
「何言ってんの。ひとりでなんて帰らせれるわけないでしょう。全く……ごめんなさいね、来栖くん。こんな娘だけど、よろしくお願いします」
「はい。任せてください」

 やめろ! 母を懐柔(かいじゅう)するんじゃない!
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