呪われ聖女、暴君皇帝の愛猫になる 溺愛されるのがお仕事って全力で逃げたいんですが?
第6章 魔物の巣食う森

第1話



 ◇

 あれは教会に来てから二年ほど経った時のことだった。リアンや他の修道女、それから同い年くらいの子供たちと一緒に野いちごを摘みに少し離れた森へ行った。

 当時のシンシアはティルナ語の習得に励んでいてまだ精霊魔法は使えなかった。そんな中、ルーカスだけは習得していて、同い年の皆と一緒に羨望の眼差しを向けていた。
 自分もルーカスのように早くティルナ語を習得したい。

 そんな一心で発音練習に励みながら川辺の野いちごを摘んでいると、初めて組紐文様の魔法陣が現れた。
 目を輝かせてはしゃいでいると、ルーカスが籠いっぱいの野いちごを持ってやって来る。


「聞いてルーカス、私も精霊魔法が使えるようになるよ! ティルナ語を習得したの!」

 嬉しくてすぐにルーカスに報告した。きっと彼も同じように喜んでくれると信じて。
 しかし、シンシアが欲しい反応とは違い、ルーカスは表情を歪めた。

 ただそれはほんの一瞬のことで、ルーカスはいつものように優しく微笑んで「おめでとう」と言ってくれた。
 シンシアは、ルーカスが驚いてどう反応して良いのか分からなかったのだろうと思った。

「私の籠もいっぱいになったし、一緒に集合場所に戻りましょ」
「あ、待ってシンシア。川の中に綺麗で珍しい魚が泳いでいるよ」
「えっ、本当?」


 どんな魚だろう。興味津々でシンシアは数メートル下の川を覗き込む。
 川の水は澄んではいるものの、水草がゆらゆらと揺蕩っているだけで見当たらない。

「うーん、魚なんてどこにもいないわ。どの辺りにいるの?」

 頭を動かして後ろにいるルーカスに声を掛けると、背中にドンッと衝撃が走った。前へ押し出された身体は足場を失い、そのまま川へと落ちていく。


 世界がゆっくりと流れていく中で、ルーカスが憎悪の目でこちらを睨み、両手を前に突き出している。続いて身体が水面に叩き付けられる感覚がして水底へと沈んでいく。

 霞が掛かって思い出せなかった記憶を、シンシアは漸く思い出した。


 ――あの時自分を川へ突き落とした相手は、ルーカスだった、と。

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