狂おしいほどに君を愛している

11.???

「どうしてよ。どうして私がこんな目に合わないといけないのよ」

公爵の友人と知り合ったのは運が良かった。

その友人とやらは大した男ではなかった。でも、役には立った。

私と公爵を出会わせてくれたから。

簡単な話だ。

公爵の飲む酒に薬を盛った。一緒に飲んでいた友人には公爵が酔いつぶれたと勘違いをさせ、後は私が介抱すると言って帰せばいい。

公爵の友人は私に惚れていたからすんなりと私の言うことを聞いた。

男なんてちょろいものね。後は薬で眠っている男をうまく利用すればいい。

既成事実さえ作れれば何とか口八丁で公爵家に転がりこめる。それが無理でも慰謝料くらいは貰えるかもしれないと思った。

まさかその一回で妊娠して、しかもそいつがオルガの心臓を持って生まれるとは思わなかった。

これで私は安泰だと思った。

邪魔な正妻を何とか追い出そうと思ったけど欲をかきすぎてはいけない。慎重にならなくてはと行動したのが失敗だった。

まさか私が追い出されるなんて。

多分、あの正妻が何かしたに違いない。さっさと追い出しておけばよかった。

「スカーレットもスカーレットよ。私の娘なのに、母親が追い出されて平然としているなんて。躾の仕方を間違えたわ。もう一度躾を一からやり直さないと」

「無理じゃない」

「えっ。誰?」

私は王都の大通りを歩いていたはず。周囲には人だっていた。

昼間の王都ですもの。人がいない方がおかしい。

でも気が付いたら周囲に人はいなかった。閑散としていて、鳥の声すらも聞こえない。

いるのは私ともう一人。

赤い髪に緑の目をした、やたらと綺麗な顔立ちの男だ。

でもどこか不気味だ。得たいが知れない。それはこの訳の分からない状況のせいだろうか。

背中の悪寒が止まらない。

「あ、あんた、誰よ」

早く逃げなければと本能が騒ぐ。

一歩ずつ確実に後ろに下がる。少しでも距離を取らなければと。

本当は走って逃げたいのに膝が震えて立っているのがやっとの状態だ。

「スカーレットを傷つけることを俺が容認するわけないでしょ」

「っ」

さっきまでかなり距離があったのに、男はいつの前にか私の目の前にいた。

私は驚いて尻もちをついた。

「あっ、あっ」

何かをされたわけじゃないのに、目の前にいるのは屈強な男でも武器を持った男でもない。

女よりも美しく、精巧な人形のように美しいだけのただの優男だ。

なのに、その男がどんな屈強な男よりも、武器を持った男よりも恐ろしく感じる。

目の前に殺人鬼とこの男が立っていたら私は迷わず殺人鬼の方に逃げるだろうと思ってしまう程に。理由は分からない。分からないからこそ余計に怖くてたまらない。

「な、何なのよ、あんた、こ、答えなさいよ」

男は私の質問に答えずにうっすらと笑みを浮かべる。

「やっと見つけた。俺のスカーレット。どれだけ探したことか。幾つもの狂った時間の檻の中で何度もすれ違い、けれど決して手に入れることが叶わなかった至高の存在。俺の全て。もう誰にも奪わせない」

陶酔したように訳の分からないことを言いだしたけど、一つだけ分かったことがある。

この男はスカーレットのことが好きなのだ。

「あ、あんた、スカーレットが好きなの?わ、私はね、あの子の母親なのよ。わ、私を助けてくれるのなら、あ、会わせてあげても良いわよ。な、何なら結婚もさせてあげる。い、嫌がっても、大丈夫よ。私が言えばあの子は聞くから」

助かりたい一心で私は必死に自分が役に立つ存在だとアピールした。それが間違いであることに気づいた時には手遅れだった。

「はっ?何様だよ。虫けらの分際で」

「あがっ」

男が私の顔を鷲掴みにする。男の爪が顔の皮膚にどんどん食い込んでいく。

あまりの痛さに叫ぶこともできない。

「スカーレットに命令するとかあり得ない。それに、スカーレットが俺を拒むわけないだろ。俺とスカーレットが結ばれるのは運命だ。そこに貴様のような虫けらの介入など不要だ。出しゃばるな。たかがスカーレットを生んだだけの器の分際で。スカーレットを生んだ時点でお前の役目は終わったんだよ」

ぐしゃりと男はりんごを握りつぶすように私の頭蓋骨を握りつぶした。

「ああ、スカーレット。待っていてね、すぐに会いに行くから。俺のスカーレット。今度こそ手に入れる」
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