アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

アリーシャ【上】

「アリーシャ」

 執務室に入りながら声を掛けると、物がなくなった応接テーブルを雑巾掛けしていたアリーシャが顔を上げる。

「もう戻ってきたんですか?」
「ああ。休憩しようと思ってな」

 物がなくなってスッキリしたソファーに座っていると、雑巾を片付けたアリーシャが壁際にそっと立つ。

「俺に気にせずに座れ」
「でも、私は……」

 オドオドと困惑するアリーシャに、ついフッと笑ってしまう。

「気にするな。俺の向かいに座れ」

 オルキデアが座るソファーの向かいには、応接テーブルを挟んで、対となるソファーがある。
 そこを指差しながら、アリーシャを見やる。

「立たれた方が落ち着かないんだ。気にせず座れ」
「はぁ……?」

 アリーシャが座ると、タイミングを計ったかのように執務室の扉がノックされた。

「失礼します。少将、頼まれていたものをお持ちしました」
「ああ。助かる」

 複数枚の書類を片手に、昨日の部下が入ってくる。
 ソファーに座っていたアリーシャに目もくれず、オルキデアに書類を渡すと、部下はそのまま退室する。

 部下から書類を渡されたオルキデアは、ソファーから立ち上がると、机の上を探し始める。
 ガサゴソと書類を掻き分けてペンを見つけるが、中のインクが切れていた。
 チッと舌打ちをする。

「インク切れか。他のペンは、どこにしまったかな……?」

 引き出しを開けて、中を漁るが、なかなかペンが見つからなかった。

「出来れば、インクは赤がいいんだが……」

 オルキデアが小声で呟くと、部下たちは自分の服を探し、近くの棚を探し出す。

「ペンならここにありますよ」

 振り向くと、丁度、アリーシャが本棚近くの備え付けの引き出しを開けたところであった。

「掃除をしていたら何本か見つけて、ここにまとめて仕舞ったんです」
「そうか……。ありがとう」

 アリーシャから適当にペンを受け取ると、蓋を開ける。
 近くの書類に試し書きをすると、ペン先からは赤いインクが出てきた。

 ーーこれで、確信が持てた。

「それにしてもよくわかったな。俺が他のペン、それも赤いインクのペンを探しているって」
「それは、今、他のペンを探しているって……。インクが切れていたからって、言っていましたよね。
 出来れば、赤のインクがいいとも呟いて。
 皆さんも探しているようだったので……」
「ああ。確かに言ったな。
 ただし、赤いインクの話は、()()()()()()()で呟いたけどな」

 部下たちに目配せをすると、彼らは音もなく執務室を出て行く。
 顔を青くして俯くアリーシャに、ペンの蓋を閉めると、部下から受け取った書類ーー何も書かれていない白紙であった。と一緒に机の上に放り投げる。

「わ、私は……」
「何も言わなくていい。
 警戒していたんだろう? ペルフェクト語が読めるだけでなく、会話も出来ることが知られると、捕虜として扱いが悪くなるからな」

 ペルフェクト語も、シュタルクヘルト語もわかる捕虜は、尋問の時に徹底的に調べられる。
 これまで、両国の読み書きと会話が出来る捕虜は、国に関する重要な仕事を担っており、貴重な情報を持っていることが多かった。
 そのため、両国の言葉がわかる捕虜に対する尋問は、少々荒くなりがちであった。

「責めるつもりは無いさ。むしろ、賢明な判断だったと思う。もし、最初からペルフェクト語が話せるとわかっていたら、迷わず尋問していただろうからな」

 怒られるどころか、関心されたのが意外だったのだろう。
 アリーシャは菫色の両目を大きく見開くと、オルキデアを見つめたのだった。

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