初恋彼は甘い記憶を呼び起こす
2.大好きだった人
***

 十月一日になり、朝出社すると矢沢さんのデスクの上はなにも物が置かれていない状態で綺麗になっていた。今日からそこには新しい人が異動してくる予定だ。

「新しく来る人って、大阪支社からなんだってね」

 隣から有希が小声で話しかけてきたので、ノートパソコンの電源を入れつつ耳を傾ける。

「そうなの?」

「海咲、矢沢さんからなにも聞いてないの?」

 有希が驚いた顔をして私を見つめる。
 思い返してみれば、矢沢さんが大阪支社がどうのと言っていたような気もするけれど、薄っすらとした記憶しかない。
 誰が異動でやってきても私はさほど興味がなかったため、話が右から左に抜けてしまっていた。

「厳しい人じゃなきゃいいね」

「私らと同期らしいよ」

「え?!」

 今度は私が有希の言葉に目を丸くする番だ。
 矢沢さんの後任ということは、社運を賭けた新商品プロジェクトのプロモーションリーダーも担うのだから、確実に私たちの世代より年上の人が抜擢されたと思い込んでいた。
 四十歳前後の人物をイメージしていたのだけれど、まさか同期の人間だなんて考えてもいなくて、驚きを隠せない。

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