泣きたい訳じゃない。
私のプライベート携帯が鳴った。
皆んなの視線が一斉にそこに集まる。

「はい、渋谷です。」

「何だよ、急に改まって。」

兄はこっちの状況が分かっていないので、訝しむ。

「ホテルの件はどうなりましたか。」

私は口調を崩さない。

「オリエンタル・ヴィラのジュニアスイート4部屋なら問題ないだろ。」

「ありがとうございます。請求書は、弊社のアジア手配チーム宛にお願いします。」

「了解。じゃあ、今週の土曜日の件、忘れるなよ。」

電話を切ると、皆んなが私の報告を待っていた。

「オリエンタル・ヴィラのジュニアスイート4部屋が確保できました。元々の予約ホテルからも近いですし、ホテルのランクも問題ないと思います。」

皆んなから歓声が上がった。

「やったー!ありがとう!」

「オリエンタル・ヴィラか!俺達も泊まりたいホテルだよな。お客様が羨ましいぐらいだよ。」

「そのホテルって、高田ホテルズの系列ですよね?」

「そのようですね。」

そこは深掘りしないで欲しい。

「渋谷さん、高田ホテルズの人と個人的な知り合いなの?」

「昔からのお付き合いがある方が、高田ホテルズでお仕事をされていたのでお願いしただけです。」

「でも、この時期に部屋を用意できるなんて、普通の人じゃないよね。」

「はい、まぁ、たまたまだと思います。」

高田ホテルズとの関係がここでバレてしまったら、これから何かと使われそうだ。

これ以上、兄に借りを作りたくはない。
何かと要求されそうだし。

興味深々の同僚達を、アジア課の課長が上手くなだめてくれた。

「本当にありがとう。これで、私達も家のベッドで眠れるわね。」

「お役に立てて良かったです。では、お疲れ様です。」

私は早々に荷物を片付けると、オフィスを出る準備をする。自分の仕事は進まなかったのは気になるけど、今日は私も美味しいお酒が飲めそうだ。

久しぶりに感じる達成感を胸に、オフィスを出た。
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