内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
不穏な観光案内
 硫黄の匂いが漂う温泉街の中央を走る澄んだ川。そこにかかる橋の前に祐奈たちは立っている。
 今日は、大雅が宇月温泉の名所を巡る日だった。
 頭上に広がるのは雲ひとつない空。
 メンバーは田原と都築と祐奈、天沢ホテル側は大雅と秘書の山城という男性だった。
「いやー、晴れてよかったですな」
 田原が空を見上げて機嫌よく言う。
 それに一同頷きながら橋をゆっくり渡り始めた。
 これから温泉街を散策して、昼食を挟み午後は滝をいくつか見て回ることになっている。
 祐奈はグループの一番後ろから、彼らについてゆきながら、春の日差しを眩しそうに見上げる大雅をこっそり盗み見た。
 長身の身体にぴたりと沿う高級なスーツを着こなして、秘書をつれ、ひと目で立場のある人間だとわかる堂々とした佇まいは、やはり祐奈の知らない彼だった。
 本当に彼は、祐奈の恋人だったあの大雅なのだろうかと疑ってしまうくらいに。
 二年前、祐奈のアパートへ来ていた大雅は、たいてい仕事帰りだった。近くのコンビニで祐奈の好きなアイスクリームと自分用のビール買って、アパートの呼び鈴を鳴らすのだ。
 あの頃の彼もスーツ姿だったけれど、今のように周りを圧倒するような雰囲気ではなかったように祐奈は思う。
 もしかしたら本当の自分を隠すために、わざとそう振る舞っていたのかもしれない。
「秋月さん、どうかした?」
 田原に声をかけられて、祐奈はハッとする。ぼんやりしている間に、少し遅れをとってしまっていた。
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