暁のオイディプス
***


 「こんなに七夕の歌があったのか……」


 有明が最近興味を持って愛読しているという、建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)の歌集の写本を、私も借りて読み始めていた。


 建礼門院右京大夫とは今から四百年ほど前、平家が全盛を極めていた頃、平清盛の娘で高倉天皇の皇后であった平徳子に仕えた女性。


 華やかな宮中で、今をときめく平家の貴公子・平資盛(たいらのすけもり;清盛の孫)と恋に落ちるも、やがて勢いを取り戻した源氏に平家は京を追われ、やがて長い戦いの末に壇ノ浦の合戦で滅亡してしまう。


 資盛も壇ノ浦にて入水し、悲嘆に暮れた右京大夫は過去に思いを馳せた歌を多数残した。


 その中で目を引くのが、七夕を題材にした歌の多さだ。


 歌を葉の裏に書いて、短冊のように飾る風習があったとかで、その際に記した歌を後日収集して、歌集に残したと言われているが……。


 「何ごとも 変はりはてぬる 世の中に ちぎりたがはぬ 星合の空」


 何事も変わり果ててしまった世の中だけど、七夕の約束はたがえることがない。


 星合(ほしあい)とは七夕のこと。


 七夕の約束とは、織姫と彦星が一年に一度、七月七日に天の川を挟んで再会するという約束。


 その約束は決して破られることがなく、毎年七夕の夜に二人は天の川越しに再会するのだ。


 「こんな約束、意味がないじゃないか。一年に一度だなんて……。顔も忘れてしまいそうだ」


 思わず私は苦笑しながら顔を上げた。


 「そう……。だろうか。右京太夫と平資盛みたいに二度と会えなくなるくらいなら、一年に一度でも会えた方が幸せではないか」


 有明は首を傾げた。
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