祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
「見てみたい──だと? 冗談じゃない。恐ろしいなんてもんじゃないぞ、檻に入ってない虎なんて。サーカスの者がひとり、腕を肩から喰い千切られた」
「そりゃ気の毒だが……『銀の子猫』の電気クラゲ小僧がやっつけちゃったんだろ?」
「おまえ、『雷帝』って呼んでやろうや。今回はあの子のお陰で人死にがなかったんだから」
 スープが気管に滑り込んでいた。派手にむせ込んだシルフィスに、隣はおろか店中の客の視線が集まる。
「大丈夫かい、兄さん」
 隣のテーブルで会話していた中年男がひとり立ち上がって、シルフィスの背中を叩いてくれた。
「……す……すみま……ごほごほごほっ……」
 コップの水と男の介抱で何とか立ち直ると、シルフィスは姿勢を正し、ややひきつりながらも優美な微笑みをつくった。
「お騒がせして申し訳ありません。聞くつもりはなかったのですが、おふたりの話が耳に入って……虎が逃げ出したとか? ──静かな町だと思っていたので、驚いてしまって」
 虎の話をしていた男ふたりは顔を見合わせ、悪意なく笑った。
「兄さん、吟遊詩人かい?」
 ひとりがシルフィスの背中を見て言う。背負った革袋からは、竪琴がのぞいている。
「ええ」
 仕事で王都を離れるときは、いつもそういうことにしている。ひとりでふらふらしていても、不自然に思われないので。
 ……竪琴には手裏剣と小刀が仕込んであって、旅人に必需品の杖は木質が硬く、振り回すと手強い武器になるわけだが。
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