祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
「残念だねえ、この町には兄さんを招くようなお屋敷はないなあ」
「いや、兄さんなら、広場に立てば、かなり稼げると思うよ? 奥様方や娘さんたちから」
 男たちの話をにこにこと聞いてから、シルフィスはさり気なく申し出る。
「ありがとうございます。けれど、それよりも、よろしければ虎の話を詳しく聞かせていただけませんか。コノート地方の殿様のお城へ行く途中なのですが、そこのお子様たちがそういうどきどきする話が大好きなもので」
「ああ、そりゃあいいとも」
 男はふたつ返事で話してくれた。
 周りのテーブルからも、そう、そのときはこうだった、と説明や合いの手が入る。
 サーカスの檻を逃げ出した虎。たちまち混乱する広場、逃げ遅れた男の子、そして──。
「そこに現れたのが、この町唯一のギルド『銀の子猫』の『雷帝』だ」
 大きな身振りで、男は広場の中央の泉を指し示す。
「素早い身のこなしで虎を誘い、水面に雷撃を放った! 虎はまんまと泉に飛び込み、イチコロだ。さすが電気ク……いや、『雷帝』!」
 調子の良い語り口に、拍手と口笛が起こる。男はそれに嬉しそうに手を振った。
 が、シルフィスは固まっていた。
 雷帝。雷撃。
 この町に、雷撃を操り、雷帝を名乗る者がいる。
 背筋に、ぞわっ、と這い上るものがあった。雷帝復活──死んだ雷帝が終焉の地で『黒白の書』の魔法で甦る、そういうことだと思い込んで、別の可能性もあることをすっかり失念していた。
 例えば──転生。
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