あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
Chapter4*お菓子の家は自力でどうぞ。
[1]


「もう来ないと思ってた」

キッチンのシンクで野菜を洗いながらそう言うと、「なに、来たらダメだった?」と返ってきた。

「別にそういうわけじゃ……」

『好きな時に来ればいい。その代わり、都合が悪い時や留守の時は諦めて』

数日前にそう言ったのは確かに自分。

でも、『これからもここに来たい』と散々ごねた挙句、よく分からない脅し文句でわたしを(うなず)かせたくせに、それから二日間音沙汰なかったのはそっちの方じゃない。

まぁ、こっちも土日は大抵仕事でクタクタだから、きみに構っている余裕なんてなかったのだけど。

「そうだと思って。あと、土日は出張で来た高柳統括との関西エリア視察があったから」

―――あれ?今私声に出した?
よく森にも指摘されるけど、心の中の独り言が外に漏れていることがあるらしい。

『老化現象の一種』という言葉を思い出し、気をつけようと自戒する。
すると、アキが後ろからわたしの手元をのぞき込んできた。

「それって……」

「今日の夕飯―――てか、ビールの(あて)

後ろを振り返らず短くそう言うと、頭の上の方から「ふぅん」と返ってきた。

「静さんの方こそ、なんで合コン断ったの?」

「え?」

「もしかして……ここに来る人が他にいたとか?」

「はっ?」

彼の言葉に目を丸くする。
けれどすぐ、(さては、“あの時のこと”を言っているな)と、ピンと来た。

「こんなところに遊び来るもの好き(・・・・)は、きみくらいだけど?」

地味でモブなアラサー女のところに通うもの好きなんて、他にいるはずもない。
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