信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています

望んだものは…


 彩夏が運ばれたのは、綾音の息子、長谷川慎吾(はせがわしんご)の勤める
札幌市内の総合病院だった。
突然の事だったので、綾音は森下牧場にも連絡した。
昔から両家は親交があった為、家政婦の久保田真由美とも顔なじみだった。
真由美は慌てふためき、夫の運転する車で飛んできた。

 彩夏は脱水と貧血症状が見られたため、病室で点滴を受けていた。
そのベッドの周りに、綾音と真由美、そして医師として慎吾が立ち会っている。

「彩夏ちゃん…。知らなかった…。」

「綾音さん、ごめんなさい。保険証見たんでしょう?」
「ええ、入院手続きに必要だったから。」
「事情があって、結婚してるって綾音さんにも言えなかったの…。」

彩夏の健康保険証には、高畑彩夏とはっきり印字されている。

「彩夏さん、身体がお辛いでしょう、無理にお話にならなくても…。」
「真由美さん、長谷川様にはお祖父様の代からお世話になっているのよ、
 黙っていた事はキチンとお詫びしなくては…。」

「そんな事、どうだっていいのよ!」
綾音は涙声だ。

「お母さん、落ち着いて下さい。医者として患者を疲れさせたくありませんから。」
「ゴメン、慎ちゃん…。」

綾音の息子、長谷川慎吾は母親似の少しキツイ目元をしたドクターだった。
だが、その声は優しい響きを持っていた。
白衣姿の慎吾は、ゆっくり彩夏に話しかけた。

「はじめまして、彩夏さん、長谷川慎吾です。」
「お世話になります。お休みの所、ご迷惑おかけしました。」

「点滴で、一時的に脱水症状は治まると思いますが、
 彩夏さんに大切なお話をしなくてはなりません。」

「…何でしょうか…。」
「獣医さんとお聞きしています。お気付きかとも思うのですが…
 妊娠なさっていますよね。」

「え?」

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