社長はお隣の幼馴染を溺愛している
「…ねえ、志茉。あたし、今、あの笑顔を見て思ったんだけど」
「うん?」
「あんた、要人さんを逃したら、絶対に一生独身よ?」
「そうかもね。それでもいいわ」

 すでに私は就職から退職までの人生設計を描き、心穏やかに暮らすため、田舎への移住計画と貯蓄を始めている。 

「よくなーい! 結婚したいと思った時に、要人さんレベルの男が、すぐその辺に転がってないんだから。なんなら、一緒に飲み会へ行く? 行けば、現実がわかるの?」

 ずいっと顔を近づかせ、凄まじい圧をかけてくる。

「ちょ、ちょっと。恵衣!」
「そうだ。飲み会に行こ。今日、ちょうど受付の子たちと営業の湯瀬(ゆぜ)さんのグループで、飲みに行くのよ」
「でも、今日は大事な予定が……」
「なにその態度! 湯瀬さんグループから飲み会に誘われて、断る女子社員は、社内に誰もいないわよ」
「だって、今日はスーパーの卵が安い日で……」

 キッと恵衣は、目を吊り上げて私を睨む。

「スーパーの卵じゃ恋の卵は育たないのよ! その若さで独身主義? ダメダメ! もっと人生楽しまなきゃ」

 なにを得ようが、楽しもうが、最後には全て失うのに――両親を亡くした時の耐え難い悲しみを思い出し、目を伏せた。
 その人が私の中で、大切な存在になればなるほど、一緒にいるのが怖い。
 口に出せない言葉を胸の奥にしまい、散っていく桜の花を眺めていた。
 悲しみに年齢なんて関係ない。
 私は時が過ぎていくのを待つだけの身だった。
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