ここではないどこか

4

 制服のズボンをハンガーに掛けようと逆さにした時にふわりと落ちた紙を、姉さんが拾って俺に渡す。

「落ちたよ」

 折り畳まれたそれは中身を見なくても女の子から貰いましたとわかってしまうほど、柔らかなピンク色をしていた。

「あぁ、ほんとだ。ありがとう」
「もしかして、女の子から?」

 俺の手に渡ったピンク色に視線をやりながら、姉さんは遠慮気味に聞いてきた。「まぁ……」と曖昧な返事をした俺に、「もしかして彼女!?」と姉さんの驚いた大きな声が届く。
 そんなわけないだろ、と即座に否定しそうになった自分に待ったをかけた。ここで曖昧な返事をすれば姉さんはどんな反応をするのだろうか。万が一、少しでもいいからつまらなそうな反応をしてくれたら……俺は思い出すだけで心が沸き立つ思い出を手に入れられるんじゃないだろうか。
 改めて考えるとそれぐらいの思い出を後生大事に胸にしまっておくだなんて哀れにも程がある。それに頑張ってもどうにもならないことに、もしかして、と期待をして一生を終えることこそ地獄ではないだろうか。
 わかっている。哀れなことも地獄なことも。それでも俺の存在が姉さんの感情を揺さぶることができたら。もうそれだけでよかった。

「うーん……」

 意味ありげに微笑んだ俺を見て、姉さんの目が一瞬曇る。あれ、これは本当にもしかして、と期待が頭をもたげる。

「……ほんとに彼女できたの?」
「って言ったらどーする?」
「もうすぐデビューなのに?」

 悲しげに下げられた眉はいったいどんな意味を含んでいるのだろう。仕事に対する自覚が希薄な行動に家族として咎めているのだろうか。それともそれは、姉さんが初めて見せた1人の女としての独占欲なのだろうか。

 姉さん、知ってる?嫉妬は緑の目をした怪物らしいよ。俺はそいつをあなたに出会ったあの日から飼ってるんだ。
 姉さん、姉さん。もしあなたもそうなら、その潤んだ黒い瞳に宿る緑色を見せてほしい。俺はそれすらも愛すよ。
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