腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。

寿退社

「結婚おめでとう、鈴白(すずしろ)さん」

「ありがとうございます!」

三月某日の土曜日。私、鈴白(すずしろ)聖南(せいな)は、商業施設の受付嬢としての役目を終えた。

残っていた有給をまとめて取ることができたので、年度末よりちょっと早めの退職。

職場の皆からもらった花束を抱えて、私はウキウキな足取りで帰路に着く。









「あ、もう荷積み終わったのかな?」


安い1Rのアパートの前には、引越し業者のトラックが停まっていた。ここは私が元々住んでいたアパートで、途中からは彼氏も同棲をし始めた思い出のたくさん詰まった場所。

業者のお兄さんは最後のダンボールを詰め込むとトラックの運転席に乗り込み、クラクションを一つ鳴らして走り去っていった。

航大(こうだい)

礼儀正しくトラックに頭を下げて見送った人物に、私は声を掛ける。

私の彼氏、三浦(みうら)航大(こうだい)、私より二つ年上の三十歳。昨年合コンで知り合った商社マンの彼と、私は六月に入籍、結婚式、そしてハネムーンを控えている。

誰もが羨む幸せの絶頂だ。

聖南(せいな)おかえり! その花束は職場から?」

「ただいま! うん、そうなの。退職と、結婚のお祝いに」

航大の笑みに釣られて私も笑顔になる。彼が腕時計に目をやった。

「さて、俺達ももう出ようか。業者より先に新居に着いとかないと」

「うん、そうだね」



最後にアパートの中に忘れ物がないか確認してから、私達は航大の愛車に乗り込む。今月納車したばかりの国産のセダン車が、滑るように静かに走り出す。

「やっぱり快適だよな〜。ちょっと高かったけど、買って良かったよな!」

「うん、そうだね!」

乗り心地の良さに、思わず頬が緩む。まるで私達の順風満帆な未来を表しているかのようだ。





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