離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 問いかけられた黎人さんはしばらく表情を固まらせてから、静かに答えた。
「……すまない。覚えていないな」
 ――その答えを聞いた瞬間、スパンと心の何かが閉ざされた音が聞こえた。
 1パーセントも期待せずに投げかけた質問だったけれど、実際に聞いてしまうと思い出ごと壊されたようでとても辛い。
 でもよかった。今、ハッキリと線引きができた。私たちは、お互いに大切にしたいものが全く違うと。
 私は両手を膝の上にそろえ、まっすぐ彼の顔を見つめ、すぅっと呼吸を整える。
「恐れ入りますが、今日はお話がございます」
「なんだ……?」
「私と離婚してください」
「は……?」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔、とはこのことを言うのだろうか。
 いつも冷静沈着な黎人さんが、目を丸くして驚きの表情のまま固まっている。
 その様子を見てつい心の中で笑ってしまいそうになったが、私は真顔を崩さずに彼の言葉を待つ。
 暫くすると、彼は低い声でつぶやいた。
「……驚いたな、君からそんなことを言うなんて」
「私に意思がないとでも思ってたんですか?」
「怒るなよ、案外気が短いな」
 思わずカチンと来てしまい、私は自分らしくない短絡的な返答をした。
 もう別れると思うと、自分の感情を隠す必要がなくなり、思ったことがそのまま口から出てしまう。
 一度心を落ち着けて、私は冷たい声で言い放った。
「私は名ばかりの結婚に意味を感じていません。文化人の血筋など、黎人さんも本当は興味ないでしょう」
 そう言われ、再び黙る黎人さん。しかしすぐに探るような目つきで見つめてくる。
「……花音、何か隠してないか? あまりにも唐突過ぎる。結婚したくないなら、もっと早い段階で抵抗できたはずだ」
 そう言われ、私は思わずギクッとした表情をしてしまった。黎人さんの勘はとてつもなく鋭く、薄っぺらな嘘は通用しないのだ。
 見抜かれそうなことは分かっていたけれど、もう押し切るしかない。
「もとより、うまく行くはずがないと思っていました……」
「ふぅん……」
 黎人さんは、何かを探るようにこちらをじっと見つめている。
 そして、次の瞬間放った言葉は、私を絶望させるには十分な一言だった。
「好きな男でもできたか」
「え……」
 この人は、いったい何を言っているの……?
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