ファム・ファタール〜宿命の女〜

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 Xデーである金曜日を迎え、私は心臓が口から出てきそうなほどの緊張というものを、身をもって感じていた。

 二人でゴミ捨てに行った日、連絡先の個人登録をしていいか聞いた私に、洗井くんはとびきりの笑顔で快諾してくれた。夏の暑さを忘れさせるかのような爽やかな笑顔は、鮮明に私の脳裏に焼き付いている。
 その夜、何度も文章を打ち直し、結局送ったのは『今度の金曜日に話したいことがあるから、部活が終わった後、牧野西公園に来てほしい』という可愛げも捻りもないシンプルなものだった。
 しかし直球故に、この文章を送りつけられれば余程鈍い人以外は、告白だな、と気づくだろう。だから月曜日に送ってから、決戦の金曜日まで、もし洗井くんに変に避けられでもしたらどうしよう、と心配していた。しかし洗井くんは今までと少しも変わりなく私に接してくれた。
 これはつまり、嫌に思っているわけではないが、全く意識もされていない、ということですね。悲しい。まぁ、そもそも洗井くんほどの人格者が、そんなあからさまな態度をとるはずがないのだけれど。
 なんにせよ、洗井くんの今の気持ちはいいのだ。私は意識してもらうために告白をするのだから!告白がスタートなのだ。


 もうすぐ18時30分になろうかという時だった。洗井くんから『部活終わったよ。今から向かうね』というメッセージが届いた。

「いよいよだね」

 私がそのメッセージを確認するや否や、言わずとも誰からのメッセージかを察した亜美ちゃんが、私に言葉をかけた。
 その声色の硬さに思わず私の肩の力が抜ける。なんで亜美ちゃんまで緊張してるの?というか、

「亜美ちゃんの方が緊張してない?」

 である。「そ、そうかな?」と言いながら笑顔を繕った亜美ちゃんだが、私の目はごまかせない。自分のことのように緊張してくれるなんて、本当に良い友達をもったなぁ、と感慨深く頷いた。
 亜美ちゃんの気持ちは充分に伝わっているよ、という意味を持たせた視線を送れば、「なによ」と頬を赤らめた亜美ちゃん。普段クールな彼女が見せた年相応の少女のような表情は格別だった。みなさん、私の親友がとびきり可愛いです。

「そういや、今日の洗井くんいつもと雰囲気違ったよね?」

 亜美ちゃんは思い出したようにそう言ったけど、私には全くわからなくて、「そうなの?」としか返せない。やはり幼馴染にしかわからないものがあるのだろうか?ふと礼人の顔を思い出したが、なんかイラッとしたので、ただちに洗井くんの笑顔で打ち消した。

「うーん。ま、普段から何考えてるのか分からないから、勘違いかもしれないけど」

 何考えてるのか分からないなんて、まるで礼人が女の子に詰め寄られる際の典型的なセリフではないか。

「そうかなー?洗井くんって誠実!って感じじゃない?」

 洗井くんと礼人が同じであってはたまらない、と即座に否定するが、亜美ちゃんは納得がいかないというように、顔を歪ませた。
 亜美ちゃんの洗井くんに対する評価は割と、というかかなり低いのだ。それは私が「洗井くんのこと好きなの」と打ち明けた頃から変わらないので、きっと私たちが出会う前からの評価なのだろう。
 「洗井くんみたいな難しい人には、美琴のような素直なタイプが合ってるかもね」と以前言われた言葉が蘇る。私は、洗井くんのことをよくわかっているであろう亜美ちゃんに言われたその言葉を、心の支えにしていたのだ。
 そして、嫉妬もしている。亜美ちゃんには内緒だけど。私の知らない洗井くんを知っている亜美ちゃん。それがなんだか、たまらなくうらやましいのだ。
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