揺るぎのない愛と届かない気持ち

後悔とお義母さん 〜東吾

俺は紗英の病室には
一歩も入れさせてはもらえなかった。

訳ありの夫婦だと、
噂されているのはひしひしと感じるが、
毎日
ナースステーションに寄って、
紗英の状況を聞かずにはいられなかった。
生まれて来た子供も、
新生児室のガラス窓のところに立つことさえ
許されなかった。
生まれて一週間も経つのに、
紗英の断固たる意思が通されていた。

「私にも子供にも触らせない。」

意識を無くした状態でも、
俺への拒絶の言葉は吐き続けていた。
それは俺への呪いの言葉に違いなかった。

手術室の前で、
紗英のお父さんから殴られても、
もちろん俺には抵抗など、できるはずもなかった。
感情を露わに俺を殴ってくれた
お父さんの方がありがたいと思うくらい、
お母さんも弟の慶くんも、
表情ひとつ変えずに
冷たい目で俺を見つめるだけだった。

自分がしでかした結果だとはいえ
かなりこたえている。

今日も早い時間に会社を出て、
ナースステーションに立ち寄った。
いつものように紗英や赤ん坊の様子を尋ねていると、
病棟の奥の方からお義母さんが、
出てこられた。

俺は思わず姿勢を正して、お辞儀をした。

お義母さんは
思わずそうさせてしまうような
威厳がある人だった。

紗英は母親似だと思う。

「あら、東吾くん。
ちょうどよかった、
ちょっとお茶でもご一緒しましょう。

紗英は休んでいるから。」

有無も言わさず先を切って
病院のカフェへ向かって行かれた。

「私はね、、、カフェラテ、トールで。」

俺にそう言うと、さっさと窓側の席に着かれた。

注文のコーヒーをトレーに載せて
席に持って行った。
窓際の席で、
お母さんは窓越しに見える外の芝生の光景に
見入っていた。

そこでは
小さな子供たち5、6人が
保母さんらしき人たちと楽しそうに、
芝生でゴロゴロしながら遊んでいた。

「お母さん、コーヒーです。」

「どうもありがとう。」

そう言って受け取ると、
徐にカップに口をつけて
一口美味しそうに飲まれた。

「ねぇ、東吾くん、教えてくれない?」


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