イノセント・ハンド
第11章. エピローグ
紗夜の意識に、何かが生まれた。


(さ・・・や。)

撃たれた肩を押さえ、ゆっくりと上体を起こす。

(紗夜。)

(パ・・・パ?)

紗夜の意識の中に、姫城 正明の優しい顔が浮かんだ。

(目を…開けるんだ。)

(パパ…いるの?)

(もう、いいんだよ。)


『メキッ!』

『グアァァ!!』

少女の手は止まらない。



(ごめんな、紗夜。お前を守るために、パパはお前の目をふさいだんだ。さぁ、目を開けて。)

(パパ・・・)


溢れ出した涙が、紗夜の頬を伝って落ちる。


(目を開けて、あの子を止めるんだ。)


紗夜の心が、ゆっくり開いていく。

その瞳に、少しずつ光が差し始めた。


『・・・たのむ・・・息子をたすけて・・・くれ・・・』

紗夜の目に、傷ついた老人が伸ばした手が見えた。

(見える。パパ、見えるわ。)

(止めるんだ、紗夜。)

紗夜が、少女を見た。


少女の力が止まり、紗夜を振り向く。

『やめなさい。もう、殺しちゃだめ!』

少女の顔に困惑の表情が浮かぶ。

『に・く・い』

『私も憎いわ!殺してやりたいくらい憎い!!』

立ち上がる紗夜。

涙が散る。

『でも、殺しちゃだめなの。殺しても、パパは戻らない・・・殺しても、お母さんやお父さんやお兄ちゃんは帰ってこないのっ!!』


力が緩んだのを感じ、竜馬が逃げようともがいた。

『ヂャヤアア!』

『ガハッ!』

少女の手に再び力が込められる。


紗夜が、転がった拳銃へと走る。


『ゆ・る・さ・な・い』

『ゆ・る・さ・な・い』

『ゆ・る・さ・な・い』

繰り返しながら、少女の力が増す。

『やめなさい!!』

少女が振り向く。


左手に拳銃を握って立つ紗夜。

その銃口を、ゆっくり、傷跡だらけの右の手のひらに当てる。


『もう終わりよ。』

悲しい目で少女を見つめ、くちびるを噛みしめた。

『や・め・ろ!』

少女の目が怯える。

『ごめんなさい。』

引き金に力を込める。

『バンッ!!』

右手を撃ちぬいた。

『ギギャャァァァー!』

恐ろしくも悲しい悲鳴が響き渡る。

『あぁ・・・』

膝から崩れ落ちる紗夜。

ゆっくり顔を上げ、少女を見る。

目と目が合った。

少女の目が、少しずつ人の色を取り戻していく。

そして・・・悲しく、優しく・・・笑った。

その目を見届け、紗夜の意識は静かな闇へと落ちていった。


遠くから近づくサイレンの音。


破れた窓から、ひとひらの雪が、紗夜の頬に落ちた。
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