sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜

5.パリとのつながり

「二葉は、どうしてパティシエに?」

「父が・・・パティシエだったから」


家に向かう車の中で、そういえば・・・と友哉さんが聞いてきた。


「父が残したノートがあって、そのレシピをずっと見てたら、もう他の仕事は考えられなくて」

「それってもしかして、2年前にも見てたあのノートか?」

「そう、あのノート」


もう、ボロボロになった父のノート。
めくり過ぎて、破れた部分をテープでとめている箇所もある。


「さっき、二葉が小さい時に・・・って、あれは?」

「うん・・・両親は、私が3歳の頃に離婚したの。でもそれは、母は身体が弱くて、父と一緒にパリに行くことができなかったから」

「え? パリ?」

「そう。パティシエとして夢を叶えるために、パリに行ったんだって」

「母は、父に好きなだけパリで活躍して欲しいって、足かせになりたくないからって、離婚を申し出たみたい」

「そうだったのか・・・」


ただでさえ身体が弱いのに、頼る人も語学力も無い状態で、小さな私を育てるのは無理だ・・・と。


「母のことを思うと父のことは聞けなくて、手元にあったノートだけが、唯一の父との繋がりだった」

「そうか」


でも、私は知っている。
というか、偶然知った。

ANZAIを辞めた後、ふとパリに行くことを思い立った。
もう、このタイミングしか無いんじゃないか・・・と。

そのためには、まずパスポートを作る必要があった。
私は戸籍謄本を取りに市役所に行き、窓口で渡された書類を見て、父の名前を知った。

そこには『父 星崎 征一郎』(ほしざき せいいちろう) と書いてあった。


「名前とか、店とか、何か手掛かりになるようなものは知らないのか?」


友哉さんの問いかけに、思わず目を伏せた。


「何か知ってるんだな? その反応は」

「・・・うん」

「何を知ってるんだ?」

「・・・名前」

「俺が探そうか?」

「え?」


ちょうど赤信号のタイミングで、友哉さんは私の頬をなでながら言った。


「二葉は踏み切れないだろ。今までのこととか、お母さんのこととか、いろいろあるんだろうし」

「うん・・・あまり積極的に探そうとは思わないかな」

「いいよ。パリに行って、気が向いたら教えてくれれば」


あと5分もすれば、家に着く。
その前に、友哉さんに伝えておかなければ・・・。


「あの・・・友哉さん」

「何だ?」

「私・・・友哉さんに嫌われるかもしれない」

「え?」

「嫌なところ、見せるかもしれない」

「どうしたんだ、急に」


私は、ぐっと下唇をかんだ。


「ずっと、ずっと父の話題は避けてきた。でも、私がパリに行くって言ったら、もう避けられない!」

「二葉、落ち着け」

「だって、両親の離婚は私のせいでしょう? 私がいなければ、身体のことがあっても母はパリに行けたかもしれないじゃない!」


一気に口に出すと、同時に涙がぶわっと浮き上がった。


「私が、いなければ・・・」


友哉さんが、近くにあったコンビニの駐車場に車を停めた。


「うっ・・ううっ・・」


泣きやまない私を抱き締めて、背中をさすってくれた。


「二葉がいなかったら、俺はどうすればいい? 二葉の両親も、俺も、二葉がいたからこそ、今があるんじゃないのか?」


私が・・・いたから?
< 22 / 32 >

この作品をシェア

pagetop