仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


「岩鬼せんせ!」

 病棟でオペ後の患者の薬液オーダーをパソコンに入力をしていると、黒瀬が軽快な足取りで前に回り込んできた。

「夕飯頼みますけど、先生はどうしますか?」

 朝から慌ただしくて時計を見る暇もなかったが、時刻は既に十時をまわっていた。

「看護師さんたちはみんな決まったみたいですよ」

 振り返ると、中央のテーブルに三人の看護師が集まっていた。夜勤の看護師は、夜食をよくデリバリーする。弁当だったりカレーだったり。ドクターもたまにそれに便乗する。

「じゃあ、お前と同じもので」
「ラジャー。あ、そうだ閑ちゃんにも聞いてこよう」

 言いながら、上機嫌で駆けて行こうとする。

「伊東、まだいるのか?」
「はい。外来のレセプトのお手伝いしてるらしいですよ。たぶん医局にいるんじゃないっすか」
「そういえば、そんな時期だったな」

 レセプトとは、市区町村などの健康保険の保険者に診療報酬を請求する業務のこと。閑も医療事務の資格を持っているため、月初になると、外来や病棟に手伝いに入っていると言っていた。


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