CROSS LOVELESS〜冷たい結婚とあたたかいあなた
懐妊
Aホテルで行われたパーティーでは、スミソン上院議員とお会いすることができた。
沢村のお父様に伴われ、蓮さんとともに紹介される。
スミソン上院議員は恰幅のいいちょび髭を生やした、いかにもアメリカの裕福な男性という感じ。貫禄がお有りになる。
『アーベルから聞いていたよ。なるほど、チャーミングな奥さんだね』
(アーベル…確か、結婚式の夜に蓮さんが会っていた方だわ)
『ありがとうございます。ぼくの自慢の妻ですから』
蓮さんがそつなく返すと、スミソン氏の奥様であるマリン夫人がにっこり笑う。
『あらあら、日本人はなかなか奥様を褒めないとおっしゃるけれど、サワムラは違うようね』
『そうですね。ぼくが頑張れるのも彼女のおかげですから』
そうおっしゃった蓮さんは、私の腰を抱くと自分のそばに抱き寄せるから。赤くならないよう、平静を保つのに必死だった。
『薫さんだったわね?あなた、古典に興味はお有りかしら?』
男性陣が難しいお話を始めたからか、手持ち無沙汰になったらしいマリン夫人が声を掛けてくださって。緊張したけれども、沢村夫人として恥ずかしくないように、と背筋を正す。
『はい、ひと通りは』
『わたくし、和歌が大好きなの』
『それは、素敵なご趣味でいらっしゃいますね』
意外だった。日本文化が受け入れられているとはいえ、和歌は難しい部類。若い人どころか、ご年配者でも嗜まれている方は少ないのに。
『とても自分では詠めないけどね。和歌集を眺めるのも好きよ。あんな短い言葉に全てを込める…とても不思議だけど、素晴らしい文化よ』