CROSS LOVELESS〜冷たい結婚とあたたかいあなた

マリン夫人は綺麗な声で好きな歌なの、と吟じられる。
「うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人目をよくと見るがわびしさ」

『お上手に吟じられます。古今和歌集656。小野小町作……人目を気にして会えない、夢の中だけでも…という想いを詠んだ歌ですね』
『ありがとう。これ、実は夫に贈ったことがあるの。噂を気にしてなかなか会ってくれなくてね…ハイスクールのダンスパーティーの時に。あのときからモテたから…ガツン、と言ってやろうって。実際は、巨大なクエスチョンマークでしたでしょうけど』

クスクス、と笑うマリン夫人は快活で魅力的な女性だ。これは、スミソン氏も愛されるな……と思う。

『恋愛について悩むのは、古今東西いつも変わらないものね』
『はい…』

でも、愛されているのに悩むなんて…わたしからすればぜいたくな悩みだと思う。
愛がない政略結婚をして、愛がない子どもを産まなくてはいけない私には…羨ましい。

一度でもいい、本当に愛し愛されたい…そう思うのは、贅沢な悩みだろうか?

『まぁ、あなたにはそんな悩みは無縁かしら?』
『え?』

マリン夫人はクスクス、といかにも可笑しそうに笑う。

『わたしから見れば、玲さんはあなたにぞっこんね。あなたに近づく男がいれば威嚇して……さっきだって、わたしの夫があなたを見ただけで、独占欲丸出しだったじゃない。あなた、熱烈に愛されてるわよ。自信持ちなさい』

< 32 / 51 >

この作品をシェア

pagetop