初恋の味は苦い

10年越しの彼

久々に会った多田祥慈は、多田祥慈のままだった。

髪型や服装はもちろん多少変わってはいたけど、私は10年経った今もまた危うく一目惚れしかけている。

給湯室のドアを開け、そっとズラリとパソコンが並ぶ業務室を覗く。

そう、9月1日着任日。

私は緊張のあまり、業務室の隅、トイレと給湯室の近くの席を陣取り、目立たないように顔を上げず、何かあるたびに席を立って姿を消した。

その消した先から遠くにいる多田祥慈の姿を眺めるのみ。

今日は着任初日ということもあって、パソコンのセットアップやこの会社の説明に終わるのだろう。

どこか緊張した面持ちで、時折爽やかな表情で挨拶をしてる。

ああ、多田祥慈。

私は今日何杯目のコーヒーとなっただろうか。

給湯室から出るタイミングを、コーヒーカップ片手に図っている。

と、突然ドアが開いた。

「おおっ、何やってんの」

優希だ。

「あ、いや、ちょっとコーヒーこぼしそうになって・・・」
「えーごめん、大丈夫?」

私のどうでもいい嘘を信じてくれる優しい同期。


「そうだ」と優希が思い出したように口に出した。

「多田さん、写真で見たよりもずっと爽やか!」

私は苦い笑みを浮かべ、ただ「ね」とだけ相槌を打った。

分かってます、誰よりも一番分かってます。

業務室の向こう側、メンバーと話す多田祥慈の姿だけが私の目に飛び込んでくる。

白いシャツ、ベージュのチノパン、少し上げた前髪、変わらない常に笑った目。

まさしく私が10年間追い求めていたタイプが、元カレそのものだなんて。

皮肉だ、甚だ皮肉。

私は優希がコーヒー淹れるのを待って、一緒に給湯室を出た。
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