妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~

17.白龍と武官と華凛

 翌日、憂炎の機嫌はすっかり直っていた。ニコニコと満面の笑みで出迎えられたもんで、わたしはほっと胸を撫で下ろした。


(まったく、憂炎の奴……昨日は一体どうしたんだろう?)


 別にあいつは元々聖人君子みたいな人間ができた奴じゃないし、寧ろ物凄く子どもっぽい。だけど、昨日の憂炎は、そういうのを通り越して様子がおかしかった。


「そこ、右です」


 静かで抑揚のない声に、わたしはハッと息を呑む。
 仕事中だというのに、つい考え込んでしまっていたらしい。


「申し訳ございません」


 書類の山を抱え、横並びに進む白龍に頭を下げつつ、小さくため息を吐く。

 ダメだ。
 せっかく憂炎に振り回される生活とおさらばしたと思ったのに、これでは何も変わっていない。華凛に戻っても、憂炎に惑わされたままだ。
 首を横に振りつつ、わたしは前を向いた。


「――――主のことですか?」

「えっ……?」


 尋ねたのは白龍だった。彼は憂炎のことを『主』と呼ぶ。

 正直、白龍と会話を交わした回数は少いし、華凛がわたしと入れ替わった後、彼とどんな関係性を築いたのかは知らなかったりする。


(本当は前みたいにゆっくり引継ぎができたら良かったんだけど)


 人払いをしているとはいえ、いつ誰が来るかわからない環境の中、華凛とゆっくり話す時間は取れなかった。
 かといって、今から華凛に男の名前が記された手紙を書かせるわけにも行かず、わたしが再度後宮に行くつもりもない。
 こればかりは会話をしながら探っていくしかなかった。


「そうですね……あんな憂炎を見るのは初めてでしたから」


 少し考えてから、こう答えた。
 白龍は小さく首を傾げつつ、わたしのことを見下ろしている。


(どういう感情なの、それ)


 無表情のせいで、白龍が何を考えているのかまったく読めない。移動中とはいえ、会話もなく、ただ見られてるだけじゃ居た堪れない。


「一体、憂炎に何があったのでしょう。何か御存じですか?」


 悩んだ挙句、わたしは尋ねた。


「それは当然、『凛風』さまのことでしょう」

「わたっ……姉さまの?」


 至極あっさりとそう返され、驚きに目を見開く。あまりにも思いがけない返答。うっかり墓穴を掘りそうになる。


(危ない。今の――――これから先、わたしは『華凛』として生きていくんだから。間違えないようにしないと)


「はい。主の様子がおかしいときは、十中八九、凛風さまが絡んでいます」

(そうなの?)


 今のわたしには他人事だけど、少しぐらい興味がある。
「そうかしら?」と尋ねると、白龍はコクリと頷いた。
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