妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~

21.矛盾

 それから数日後、帝が譲位を考えているという噂が飛び込んできた。

 我が国において譲位は殆ど例を見ない特例中の特例。おかげで宮廷は混乱を極めていた。

 現帝が譲位をした後に皇帝となるのは、皇太子である憂炎だ。わたしたちも混乱の煽りをもろに喰らい、毎日慌ただしく過ごしていた。


「もっと人を雇えないのですか?」


 咎めるような白龍の言葉。
 憂炎の側近くで働いているのは未だ、白龍と『華凛』の二人だけだ。


「誰に皇后の息がかかっているか分からないからな。不便でも致し方ないだろう?」


 憂炎はそう言ってため息を吐く。全てはあの、野心家で嫉妬深い皇后が原因だ。

 まだ三十代で子の望める年齢である皇后は、自分が男児を産めば、今からでも憂炎から皇太子の座を奪えると思っていた。
 けれどそんな矢先、帝が譲位をほのめかした。焦った皇后が、今後何をしでかすか分からない。だから、信頼できない人間を側に置くことは難しいのだ。


「けれど憂炎。皇帝になったら、嫌でも他の人間を側に置かなければなりませんわ。わたくしも、いつまでも側にはいられませんし」


 積み上がった書類を整理しつつ、わたしはそう口にする。

 着任したばかりの皇太子ならいざ知らず、皇帝となって以降、官女の身分を持たない『華凛』を側に置くのは難しい。


「……そのぐらいの意向は、皇帝ならばいくらでも通せるだろう」


 憂炎にも迷いがあるのだろう。珍しく歯切れが悪い。

 あの日から、わたしと憂炎の仲はギクシャクしたままだ。あまりの忙しさ故、表面上、何とか均衡を保ててきた。けれど、いつまでもこのままって訳にもいかない。


「ですが、憂炎。結婚したら、さすがにこのまま働き続けることはできませんわ。どちらにしても、今のうちに新しい方を入れていただきませんと……」


 その瞬間、バサッと大きな音を立てて、憂炎が資料を取り落とした。大きく目を見開き、呆然と立ち尽くす憂炎に、何だか胸が痛くなる。


「――――白龍、吏部に資料を取りに行って欲しい」

「承知しました」


 白龍は躊躇いがちにわたしと憂炎を交互に見てから、そっと執務室を後にした。残ったのはわたしと憂炎の二人きり。奇妙な沈黙が横たわる。


「――――結婚するのか? おまえが?」


 やがて、憂炎が徐に口を開いた。コクリと頷き、ゆっくりと大きく深呼吸をする。


「…………まだハッキリと決まったわけではないのですが、父にも勧められていて、話も幾つか戴いていますから。出来る限り早くと――――そう願っています」
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