政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
第一章
それから五日が経った。

最初はリアルな夢かとも思った。

目覚めると私は日本の自分の家(既に名義は夫だが)の離れにある介護ベッドにいて、相変わらず動くことも喋ることもできず機械に繋がれている。

そう思って毎晩眠りにつくのだが、朝目覚めてもやっぱり状況は変わらない。

何度も頬をつねったり、髪の毛を引っ張ったり、机に額をぶつけたり、足で椅子をけったりしてみたが、どれも痛かった。

そんなのを三日ほど続けて私はひとつの結論に至った。

恐らく私はあの台風の日に死んだのだ。
もちろん、死んだのは如月愛理で、私はクリスティアーヌに生まれ変わったか、彼女に憑依したのか、とにかく今はクリスティアーヌとして生きている。

しかもここは地球でない世界。

ここで私は現在、クリスティアーヌ・リンドバルク侯爵夫人として存在している。

異世界。日本にいた頃、突然異世界へ飛ばされたり、生まれ変わったりする話が流行っていると聞いたことがある。

そしてわかったことは、話したり聞いたりすることはできているみたいだということ。
マリアンナと日本語で会話していると思っていたが、実は違うみたいだ。

試しに「豆腐」「漫画」「相撲」「すき焼き」と言った日本語がそのまま英語圏で通じる言葉は使ってみたが、皆には通じなかった。

他の使用人とも会話してみたが結果は同じだった。

どうしてここが異世界だと思うのか。
ここには魔法はないが、電気の代わりに魔石というものがあるからだ。

その魔石で灯りを点けたり、火を炊いたり、空調みたいに風を送ったり物を冷やしたりできる。

お金持ちほど様々な魔石を使っているが、一般人でも使えないことはない。

魔石は鉱石のように採掘することで得ることができて、魔石の採掘場を多く持つということが国の国力を決定付ける。

当然魔石の採掘場を巡って戦争に発展することもある。

クリスティアーヌ……つまり私の夫であるルイスレーン・リンドバルク侯爵は軍人で、魔石の採掘場の利権を巡って長い間隣国との間で起こっている戦争のため、半年前から留守にしている。

夫は半年前に私との結婚式をあげるために一旦戻ってきたが、結婚式の翌日にはまた赴任地へ行ってしまった。

と言うのは全て周囲から聞いたこと。

私には倒れる前のクリスティアーヌとしての十九年間の記憶がないからだ。

どうしてクリスティアーヌとしての記憶でなく、如月愛理としての記憶が甦ったのか。
いずれ反対に如月愛理としての記憶を失くしクリスティアーヌとしての記憶が甦るのか。
もしかしたらクリスティアーヌとしての自我は眠っていて、私が乗り移っているのか。

何もわからないままさらに一週間が過ぎた。
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