年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月まで
11.
 睦月さんの作ってくれたシチュー、美味しかったな。

 そんな事を考えながら、今日撮影が行われる古いビルの階段を登る。

 もちろんルーは市販のものだけど、材料は全て丁寧に切ってあって、睦月さんの人柄が出ているようだった。
 睦月さんといるのは楽しくて、会話なんてなくても、笑っている顔を見せてもらうだけで安心する。

 ずいぶん前に亡くなったと言うお母様と、それを支えたお父様の素敵なエピソードを聞かせてくれて、それを話している睦月さんの顔は、懐かしそうに、でもとても幸せそうな顔をしていた。
 睦月さんと結婚する人は、きっと大事にしてもらえるんだろうな、なんて思って、少し寂しくなってしまったけれど。

 人気(ひとけ)のない廊下を歩きながら、私は頭を振る。仕事に集中しなくちゃ、と。
 現場は2階の一番奥、と聞いていたけど、見事に人っ子一人いない。本当にここなのかな? って心配になるくらいに。でも、だからこそこの場所を選んだのかも知れないな、とも思う。有名人の極秘撮影なんて、一般の人に見つかるわけにいかないのだから。

 扉の前まで来ると、一旦バッグを下ろして深呼吸をする。

 大丈夫。睦月さんが出来るって言ってくれたんだから

 そう自分に言い聞かせて、またバッグを肩に担ぐと、重そうなスチールの扉をノックし、そっと開けた。
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