御曹司の溺愛から逃げられません

踏み出した一歩

午後の仕事に戻ると社長室から呼び出された。
先ほど立川さんと話したこともありなんとなく顔を合わせにくいが、仕事だと平静を装い深呼吸をしてからノックした。

「失礼いたします」

私は彼から入室許可の声が聞こえてから部屋へ入った。
デスクに視線を落としていたが私が目の前に立つと顔を上げた。

「香澄? どうしたんだ?」

彼は少し慌てたような表情で急に立ち上がるとデスクを回り込み私の元へ近づいてきた。
彼の行動に驚き、一歩下がると彼はまた一歩距離を詰めてきた。

「社長?」

おずおずと私は伺うよに彼の顔を見上げた。

「泣いたのか? 何があった?」

目が赤かったのか、先ほど少し泣いてしまったのに気がつかれたようだ。

「香澄、正直に言うんだ。誰かに何か言われたのか?」

前のめりになりながら話す彼の慌てた様子が少しだけ嬉しい。

「何もありません。少し嬉し泣きをしただけですから」

「本当か?」

「はい。立川さんに少しだけ褒められて。支店にいた時にはやって当たり前、出来て当たり前だったのにそれを褒めてもらえて嬉しくなってしまって」

そうか、と言うと私の頭をポンポンとし、彼は自席へ戻って行った。
彼の大きな手が私の頭に触れ、久しぶりの彼の感触に胸がドキドキし始める。
ゆっくり息を吸い、呼吸を整えると動揺が悟られないように努めて落ち着いた声を出した。
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