一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
10.




***


予定時刻より少し遅れて昼休憩に入った椿は今、小走りで繭の待つ応接室へと向かっているところだった。

先ずは待たせてしまった事を詫び昼食へ誘ってからは、繭の言っていた大事な話を最後までしっかり聞こうと心に決める。


自分のプロポーズが繭に断られるなんて想像を全くしていない椿は、ただただ繭との結婚生活と子供の誕生を楽しみにしていた。



ガチャ



「お待たせ繭さ……」



すると、応接室に待ち焦がれていた繭の姿がなく、代わりに視界に入ってきたのは窓を眺めている派手な服を着た女性の後ろ姿。

その正体が誰なのかは、すぐにわかった。



「……凛、ここで何してる?」
「ん〜?時間できたから来ちゃった」
「病院にはくるなって昔からずっと言ってるだろ」



するとゆっくり振り向いた凛は、窓の外を指差して怪しい笑みを浮かべながら言った。



「今タクシー乗って帰ったわ」
「……っ」



ご機嫌な凛とは反対に、嫌な予感を察して心穏やかにはいられない椿が、低い声で問い掛ける。



「……何したんだよ、繭さんに」
「へぇ、遊んだ女の名前覚えてるんだ?」
「繭さんは本命だ」
「……本命?」



目を丸くして驚いた凛は、突然高らかに笑い声を上げて椿に歩み寄った。

そしてその肩をポンと叩くと、笑い声はやがてため息に変わり、椿を睨む。



「バカなの?椿に本命なんてできるわけないでしょ」
「……できたんだよ。だからもうただの幼馴染である凛が、口出しするな」
「っ……!?」
「もちろん繭さんにも」



昔から幼馴染として付き合いのある凛の、欲しいものは絶対手に入れたい自己中な性格は知っていた椿。

恐らく凛によって、事実ではない事をまるで真実のように吹き込まれた繭が、気分を害して黙って帰ってしまったのだろう。



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