夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
第二章『愛しているとは言ってくれないのか?』
◆◆◆◆

 ランスロットは職場に戻ることはしなかった。
 屋敷の執務室で、ハーデン家の当主として目を通さねばならない書類に視線を落としていた。だが、本当に視線を落としていただけで、文字が目の前を滑っていく。
 頭に入ってこないのだ。
「はぁ……」
 大きく息を吐くと、目の前の書類がふわっと浮いて、机の向こう側に落ちそうになったため、慌てて両手で書類を押さえた。
「旦那様……」
 少し離れたところにセバスがいる。
「お茶でも淹れますか? 奥様に振られた者同士、慰め合いますか?」
 セバスの言葉に、ランスロットは眉間に深く(しわ)を刻んだ。
 振られた――。
 そういうことになるのだろうか。
「俺は……、振られていない」
 言葉にしながら、頭を両手で抱え込む。
(振られた? 俺は振られたのか? てことは、離縁するのか?)
「離縁はなさらなくても、よいかと思います。奥様の記憶が戻られるのを、待ちましょう」
 コトっと机の上に何かを置く音で顔をあげると、セバスがにこやかに微笑んでお茶の入ったカップを置いたところであった。
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