准教授 高野先生のこと

車が信号待ちで停車して、高野先生が私を振り返った。

「東門のあたりでいいかな?」

大学には門がいくつかあるけど、私が一番便利のいいのはそこだった。

先生はそれを知ってて選んでくれたに違いない。


別れ際、私は……ちょっと困ってしまった。

「森岡先生、あの……」

こんな時、どんな言葉をかけるのが適切なのかわからなくて。

お大事に?……なんか違う。

頑張って?……先生は産まない。

奥様によろしく?……。



出産に立ち会う森岡先生に贈る言葉は……。

「あの、一生懸命……寄り添ってきてください!」

森岡先生は一瞬ぽかんとしたけれど――

「まかせとけっ!」

どんと胸を叩いて請けあった。


ちらりと高野先生を見てみると、ふふふと小さく笑っていた。



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