楽園の炎
第十二章
あくる朝、朱夏はいつも起きる時間になっても、目覚めなかった。
ここ数日の、精神的な疲れが出たのだろう。
寝不足を一気に取り戻す勢いで眠っていた朱夏は、日が最も高くなった頃に、ようやくゆっくりと目を開けた。

久しぶりにぐっすり眠れた満足感に、寝転んだまま、う~んと伸びをした手が、何かにあたる。

「?」

何だろうと思いつつ視線を上げると、自分を見下ろす漆黒の瞳が目に入った。
状況が理解できず、朱夏がそのままの体勢で、じっとその瞳を見つめていると、続いて低い声が落ちてくる。

「・・・・・・やっと起きたか。よく寝てたな」

次の瞬間、朱夏は寝台から転がり落ちる勢いで飛び起きた。
枕元に座っていた夕星が、寝台の足元まで飛び退った朱夏に向かって、にこりと笑った。

「おはよう」

「なーーっ! なっ何っ? えっ何で? あっアル! 桂枝っ!」

寝台の隅で喚く朱夏の声に、隣の部屋から桂枝が入ってきた。

「まぁまぁ朱夏様。お目覚めですか。よく眠れたようで、何よりですわ」

「そっそんなことよりっ!」

のんきに水盆を用意する桂枝に、朱夏は布団にくるまったまま、真っ赤になって夕星を指差した。
だが桂枝は、特に驚かない。
朱夏の部屋に入るまでに、この宝瓶宮にいる桂枝には居間で会うわけだから、桂枝はすでに夕星がいることは知っていて当たり前なのだが。

「夕星様も、随分お待ちになっていましたわよ。さぁ、とりあえずお顔を洗わないと」

言われて朱夏は、そそくさと顔を洗った。
確かに、夕星に起き抜けのぼんやりとした顔は見られたくない。

「朱夏。着替えが終わったら、出かけよう」

夕星が、顔を拭く朱夏に声をかけて、部屋から出て行った。
隣の部屋で、アルが夕星にお茶を入れている。

扉が閉まってから、朱夏は桂枝ににじり寄った。
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