あの子の好きな子

日直と空海と肉まん




【日直と空海と肉まん】





広瀬くんと隣の席になってから、心待ちにしていた時がやってきた。今日から一週間、広瀬くんと二人で日直だ。

「私さ、中学の頃、日直って大っ嫌いだったんだ」
「ふーん」
「あれが嫌いだったの。きりーつ、れい、ちゃくせき」

板書の山崎。そんなあだ名がついている世界史の山崎先生のあと。白い文字で埋め尽くされた黒板を二人で消していた。背丈の高い広瀬くんは、私より数段楽そうに黒板を消している。

「でもさ、高校入ってから、号令ってしなくなったよね」
「まあな」
「先生が入ってきて、おう始めるぞーとか言って、なんとなく始まるから、高校って好き」

高校生活は、中学校よりも少し自由で、少し大人だ。少しだけ縛られている環境が逆に甘えられて、私にはちょうどいいと思った。

「あと、歌のテストがないのも好きかなあ。これで、うちの学校にプールがなければ最高だったんだけどな」
「お前イヤなこと多いな」
「思春期だったからかな?」

黒板は結局7割ぐらい、広瀬くんが消してしまった。基本的に、私がどうでもいいようなことを勝手に喋って、それに広瀬くんがつまらなそうな相槌を打つのが私たちの会話だった。ただ最近、私が笑うと、広瀬くんも微妙にほんの少しだけ笑いかけてくれる気がする。

やっぱり、広瀬くんに好きな人がいたって今は関係ない。広瀬くんは前から広瀬くんのままだし、私が知らなかっただけなんだから。ホチキスの芯を取りに飛んで来てくれた広瀬くんも、いちごミルクを買ってくれた広瀬くんも、全部嘘なんかじゃないんだから。


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