解ける螺旋

 新しい未来へ

次の日から、愁夜さんは研究室に現れなくなった。
教授には体調不良と連絡があったらしい。
私は心配しながらもどうする事も出来ず、健太郎との論文制作に没頭するしか術はなかった。


愁夜さんの姿を見なくなってから数日後、私は健太郎と論文制作を続けながら、ついその姿を捜す様に窓の外に目を遣った。


愁夜さんから聞いた話はもちろん健太郎にも話してあった。
やっぱり、と言いながら溜め息をついた健太郎は、当然だけど驚いた様子は見せない。


「この世界には元々存在しない人間なんだ。
今この状態でいつ元の世界に戻ったとしても、何も大きな影響はないよ」


淡々と言った健太郎の言葉は、真逆の意味なのに愁夜さんが言った言葉と似ていた。


元々この世界に存在しない人間だから。
今この瞬間に愁夜さんが元の世界に戻って、この世界から居なくなってしまっても、この後の私達の世界は何も変わらない。



今までの短い間の出来事も、いずれは関わりを持った他の人の記憶からも忘れられる。
樫本愁夜という助手の先生がいたって事実も曖昧になる。
そうしてほんの短い間の記憶は、他のたくさんの記憶の中に埋もれて行くんだろう。
愁夜さんが干渉した他の世界で人との関わりを持たなかったのは、もちろんそこに意味がある。


だけど、私はそんなんじゃ割り切れない。
他の全ての人が愁夜さんを忘れる事が出来ても、私だけは忘れられない。
だって私は。
愛情のある行為ではなかったとしても、私は愁夜さんと……。


だけどそんな事を口走る訳にもいかず。
黙り込んだ私に、健太郎は眉をひそめた。
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