雨と傘と

朔人④

嬉しかった。

幸葉が俺のことを想ってくれているだけで、それだけでこんなにも、心も身体も喜びでいっぱいになる。

一晩中、幸葉との初めてのキスが頭から離れず、甘い気持ちに浸って眠れなかった。今まで生きてきた中で、一番幸せな瞬間だったかもしれない。抑え込んできた気持ちが溢れて零れて、彼女の柔らかな肌を…

…ああ…

ため息が、静かな部屋を満たしていった。

もう少しだけこの幸せを味わっていたいんだ。

ごめん…

窓の外が明るくなるまで隣の部屋の壁をずっと見ていた。






翌日、兄貴と幸葉はいつものように二人で登校していった。俺はそれを空っぽの気持ちで見送った。分かっていたけど、日常はあまりにもいつも通りで。寝不足の冴えない頭はそれを受け入れられずにいた。

キスをしても。
兄貴と幸葉が付き合っている事実は変わらない。
二人が両想いってことも変わらない。

ただ、俺と幸葉が想い合ってることが隠されていく。

今日からまた、気持ちを押し込める毎日が続くだけだった。
何も、変わらずに。
そして、また今日も学校近くで二人に追いつく。
教室まで兄貴は幸葉を送っていき、髪にキスを落とす。

そして兄貴は去っていく。

この瞬間から、この教室にいる間だけは、兄貴はいないから。
同じ空間で幸葉を支える。たったそれだけが、俺ができることだ。同じ学年の俺は、兄貴よりも、幸葉の近くにいた。

後ろの席から彼女の背中を見つめることは、地獄のように苦しくて、そして心臓がつぶれるほどに愛おしい時間だった。