愛を教えて
よほど我慢していたのだろうか? 

万里子がそう思ったのは、苛々する仕草で彼が煙草を口に咥えたからだ。
だがライターを取り出し、煙草に火をつける寸前。


「いいかな?」

「……どうぞ」


妙なところで律儀な男性だと、万里子は感心した。

火をつけたあと、卓巳は煙草を手に視線を彷徨わせる。

そのどうにも落ちつかない様子に、万里子は彼が灰皿を探していることに気がつき、ウエイターを呼ぼうとした。


ところが、卓巳は彼女の前で信じられない行動を取ったのだ。


なんと、水の入ったグラスに煙草を投げ入れた。

あまりの無作法に、万里子は開いた口がふさがらない。思わず、先ほどの感心を取り消したくらいだ。



万里子はこのとき、卓巳のおかしな行動が自分のせいだとは思いもしなかった。

彼女をこんな場所に連れてきたのも、卓巳の作戦のひとつだ。いや、正確に言えば、宗の立てた作戦だったが。

万里子が浮き足立った状態で捏造した資料を見せ、立て続けに衝撃を与え、精神的に追い込む。ところが、万里子が動揺を見せたのはほんの一瞬。すぐに怒りを抑え、冷静さを取り戻してしまった。

これでは、なし崩しに話を進めることは不可能だろう。


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