愛を教えて
眉を寄せる万里子に気づかない様子で、卓巳は言葉を続けた。


「わからないはずはない。君は僕の妻になる。そして僕は千早物産に充分な融資をする。愛する妻の実家のため、だ。君は余計な詮索はせず、僕の妻を演じればいい。簡単なことだろう?」


万里子は首を左右に振り、わざと冷たく言った。


「残念ながら、私にお芝居などできません。芸能プロダクションに行かれてはどうですか? もっと少ない金額で奥様役の女優さんが雇えると思いますよ」

「渋江頭取から千早物産の窮状を聞き、役に立てればと思ったんだがな。女優を雇う訳にはいかない。なぜなら、僕と君以外の人間はこの結婚が茶番だとは知らないからだ」


卓巳の口調に、万里子もようやく彼が本気だとわかった。


「お話はわかりました。でも、私は女優じゃありません。父や周囲の人たちを騙すことなんてできないと思います。ましてや、愛してもいない人と結婚なんて」

「それは同じだ。事情があって、どうしても結婚しなければならないが……。愛する女性以外は抱きたくない」

「なら、そうなさったらよろしいのに……」


万里子の言葉に、わずかだが卓巳の瞳に影がよぎる。


「だから事情があると言っている。結婚するだけなら、こんな面倒な手段を取ったりはしない。本当の妻は必要ない。その意味はわかってるんだろう?」


万里子にはなんと返したらいいのかわからない。


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