受付レディは七変化。
4.華やかなプライベートファッション

いつも通り、ところどころ人が密集した通勤電車。
私は男の手を引き少しあいたスペースへとその男を連れていく。
私は、巨大な紙袋をずいっとその男の前に差し出した。
充永は怪訝そうな顔でソレを受け取ると、
中身をみて、「あぁね、」とつぶやき顔を緩ませた。

「別に返さなくても良かったのに」
「いやいや、さすがに」
そもそも、普段私が着ているようなのとは全く生地が違うような服だった。
チャイナ服に貼り付けられた上質そうなレースや手の込んだチャイナボタン、髪飾りとして用意されていたモモの花さえ、とても造花とは思えないほどの繊細な作りだった。正直、値段なんて想像が出来ないし、これを貰うなんて図々しことはできない。

「てか、ここで貰っても邪魔だし」
「・・・・」
たしかに。そこまで考えてなかった。
受付、と言うか職場でものを渡すのは気が引けたし(憧れた女子がプレゼント渡す図にしか見えない)、逆に電車外で会うことのほうが珍しい。
「ほい、じゃ、預けた」
「!?折角持ってきたのに!」
結構大きな紙袋、駅まで持ってくるのも・駅の階段を行き来するのも大変だったのだが、充永は非常に突き返す。
「麻綾のほうが会社近いでしょ?日曜に渡して」
「日曜?」
無意識に眉根が寄る。休日に会う予定が無いから、こうして苦労して持ってきたと言うのに・・・。
「またあそこ、いこーよ。今度は遊びで」
返すなら、そこの店に返さなきゃだし~。
「え・・・」
「なに?嫌なの?」
「いやじゃ、ないけど・・」
この 心臓がどくどく脈打つ感覚だけがちょっと痛いようなそんな気がして不快なだけで、別に気持ちはイヤじゃない。
イヤじゃない・・・どうして、イヤじゃないんだろう。
あんなに嫌なやつだったのに。
・・・ううん、嫌なやつのはずなのに。

そんなことを考えていればもう会社の最寄り駅で。
一緒に降りた充永は「じゃあ10時に正面の入り口で!」と言って去っていった。

・・・嫌なやつだ。
約束を取り付けるのにこっちの意見は全く聞かずに
予定を言い捨てて去っていくんだぞ。
・・・嫌なやつに、決まってる。



正面の入口、やつはやっぱりいつかのように、スマホをいじりながら待っていた。
「お、相変わらず私服クソダサ」
「知ってます」
毎回言わなくてもいい、と言うと
言っとかないとわかんないでしょ、と言われながらドアを引かれて中に入るように促される。
中に入ると、わっと人の喧騒が飛び込んでくる。
「いや。だからそもそも、服をなおす気とかないから」
・・・正直、もうダサい服に拘る必要はない。
というか、重森にもっとカワイイ格好をしろと言われたその翌日から
髪型くらいは変えている。
・・・それを通勤電車で突っ込まれるのがイヤで、セットはもっぱら会社のロッカーでおこなっているのだが。
「じゃ、ちょっと買い物しよっか」
「え?何を?」
「服」
「服?」
自分の服でも買うのだろうか。
そう思ったのもつかの間。
その男が入っていったのは高級女性ブランドの店。
「え・・・?」
ツカツカと店内を闊歩する。
男性が女性の服をジロジロ見るのは下手すれば留められそうなものだが、さすがは大元締めの親戚。
顔が知られているのか従業員がきれいなお辞儀をしている。
私は何が何だかでぼーっと店の端につったったままだ。
マネキンやハンガーにかかった服を吟味すると、その男は一枚の服を手渡してきた
「はいこれ、試着して」
「え!?わたし!?」
「俺がこれを着るとでも思ってんの?」
「いや、だって、これ・・・」
渡されたのは、絶対に自分では選ばないような大柄の、刺繍で作られた花柄があしらわれたワンピース。
色はディープピンクに、華は白とネイビーという どっからどう見ても派手な一枚だ。
「こんな派手なのは、ちょっと・・・」
「なんでコスプレはありなのにこういうのは無理なんだよ」
「派手すぎて服に負けそうっていうか・・」
「負けねーから、てかウジウジ言ってないでさっさと着て。」
そう言って充永は私を奥の試着室へと追いやった。

「・・・」
わたしはおそるおそる、試着室のカーテンを開ける。
開けた先の脇にあるチェストで充永はケイタイをいじっていた。
私の視線に気がついたのか、そのうつむいた顔がコチラを向く。
目があった途端に、瞳が嬉しそうに見開いて、・・・そのあと笑みにより細まった。
「やっぱ似合うじゃん」
「・・・うん」
自分のことを、特に私服っぽい服を着ている自分のことを「似合う」だなんて恥ずかしいと思うが、このときは本当にそう思った。
今までの服と明らかに違う。
はっきりとした色合いや柄に顔が負けることや、浮いてみることなんてなくて、
むしろ今までのどんな服よりもしっくりとくる。
「いままで、なんでグレーとか暗い色ばっかり着てたの?」
「いや、こないだは黄緑着てたし・・・」
「あれはね、若草色っていうの。くすんだ、黄緑。ああいう色は絶対 お前には似合わない。もっとこういうはっきりした色が似合う」
そう言って、充永は私のむきだしの肩を掴んで私も鏡の方へと向けた。
しっかりと掴まれた肩が熱くて、
顔まで熱くなってくる。
鏡を・・・、充永に肩を掴まれた自分を、何故か直視できない。
「オイ、シッカリ見ろ」
「・・・」
「ほら、サイズもお前にぴったりだろ?っていうか、なんでお前あんな体型隠しの服着るんだよ」
確かに、シッカリと絞られたウエストも、Aラインに開かれたスカートも体形に合っているのかものすごくスタイルがよく見える。
そりゃわかってる、わかってるんだが。
肩を掴まれたまま近距離で喋られて、耳が吐息でくすぐったい。
どうしたらいいかわからなくて、思わずうつむく。
そんな私のことを知ってか知らずか、充永は私の肩をさっと離すと
「これ、カードで」
と黒いカードを店員に差し出した。
「・・・え!?」
私は勢い良く振り返る
「あんま勢い良く振り返ると、パンツ見えるよ?」
「いやいや・・・流石に買ってもらうわけには」
「でもそれ、欲しいでしょ」
「そりゃ・・・」
正直、ここまで似合う服って初めて出会った気がするし・・と脇についた値段を見ると、普段買っている服の値段と0の桁が2つくらい違って 絶句。
「いいっていいって。無理にこないだ、着てもらったでしょ?お礼」
「お礼って・・・」
でも、それは。私はなにもしてなくて。
とくに会場を盛り上げたわけでもないのに。
「だいぶ参考にしてもらったしね」
そういって、その人は今度近場に合った白いカーディガンを私に投げる。
どうやらソレも会計済らしい。
そして颯爽と店を出ていく。
私は慌てて元の服に着替えて、彼の後を追った。

その後もその人は
靴、アクセサリー、髪留め バッグ と黒いカードでガンガン買い物していく。
何そのブラックカード年収いくらから持てるの・・!?
と思いながらも購入しては投げられる紙袋を捕まえるのに精一杯だ。

「はい、コレで一式。」
と、ご丁寧に高級靴下店でストッキングまで購入して頂き、充永が連れてきたのは、あのイベント用に用意されていたドレッサールームの前だった。

「着てこいってこと?」
というと、その男は「もちろん」と笑った。

中に入れば半分はお手洗いに回収されていた。充永があのとき言っていたとおりだ。
でももう半分はきれいなドレッサールームのままで、たくさんの女の子たちが楽しそうに、時にはせっせと自分を磨いていた。

服を着替えて、カーディガンを羽織る。買ってもらったばかりの華奢なパンプスを履く。
髪留めをとめてアクセサリーを付ける。
そのあと、ほぼ無意識にキラキラとしたドレッサーへと座り、化粧ポーチに手を伸ばしていた。

いつもと同じ色のファンデーション、頬紅、リップグロスを手に取り、塗りなおす。



同じ色を上から塗っているはずなのに、
くすんでいた顔が、初めて色を覚えたような気がした。




いつも通り、充永は壁に背をつけてまっている。
今度はスマホをいじらずに、まっすぐとコチラを見ていた。
「お、メイク直ししてんじゃん」
「・・・うん」
「じゃあ、デートだね。今日は」
反論しようとする私を遮るように手を伸ばし、
元の服が入った紙袋をもってくれる。そしてまた、勝手に知らぬ方向へあるきだす。
「うーん、フレンチでも食べに行こっか」
「はあ!?」
食事代だけでも出そうと思っていた私は思わず不服な声が出る。
いや、だって、高そうだし、いや、でもこんな高い服かってもらって
そこをケチケチするのは・・!と出費を覚悟した瞬間、
「あ、おごりだからね、気にしないで」
そうサラッと言ってのけるその男。
同じくらいさらっと、ショッピングモールの引き戸を引いて私を出るように促す。
「いや、でも・・」
「デートでしょ?俺に払わせてよ」
「・・・デートじゃないですけど」
口をもごもごと曇らせる。そう、これはデートではない、デートじゃない、はず・・・
「デートでしょ」
そう言って、リップを塗り直した唇をちょんと触られた。
ベトベトするわ~そう言って苦笑いする彼の方を、直視できない。
なんとか足だけは彼の動く方向へ一緒に動いている。歩けているけれども、
きっと誰も居なかったら、恥ずかしさでその場にへたりこんでいたかもしれない。


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