受付レディは七変化。


おそるおそる更衣室の外に出てみれば、いつかのように柱に持たれた充永がコチラに手を振っていた。
重森はまだ出てきていないらしい。更衣室内でも合わなかったが、まだ準備に手間取ってるのかな・・・。もうちょっと時間かけても良かったかも、と即席で作った両サイドのお団子ヘアを触る。
すると「崩れるでしょ、かわいいのに」と充永から手を止められて、髪を留めていた白いモモの花飾りを調整される。
その距離の近さと、髪を触る彼の手つきに
・・・なんでだろう。いつもよりドギマギする。
あんな空間を見たから、気持ちまで乙女になっているのかもしれない。
そんな気持ちが通じたのか、充永は手を話してドヤッとした顔で聞いてきた。
「どうだった?更衣室」
「・・・すごかった」
「いい感じでしょ?鏡いっぱいあるし、結構広いし、ドアもしっかりしてるし、ほつれの心配も無いでしょ」
このレースで引っ掛けでもしたら大変だな、と自分が用意したであろうレースが張られたチャイナ服のスカートを見て笑った。
「・・・もしかして、この間イベントに行きたいって言ったのはこのため?」
そうそう、麻綾ちゃんが着替えてるときに、男子の更衣室見せてもらってたんだよね~とわらう。顔はもちろん、したり顔だ。
「あのコスプレクラブでも十分なんだけど、ガチめなイベントに行ってみたくてね。かといって、素人一人だと浮くじゃん?だからクラブで張ってたってわけ。連れて行ってくれそうなひと」
「そしたら、たまたま助けた私がいた、と?」
「いやいや、まさか」
「は?」
「その前から知ってたよ。あのクラブに行くの、3回目とかだし。派手でかわいー子いるなって」
かわいい、にちょっとドキッとする。あああ、ダメダメ。やっぱり思考回路が乙女になってる。
「まぁソレとは別で、朝の電車も毎日いっしょだから知ってたし。すげーだせーの居るなって。あ、しかもよく行く会社の受付じゃん!みたいな」
「・・・」
ということは、この男はずっと前から私のことを知っていたということだ。
当然、私は知らなかった。
充永グループなんて、前来ていたおじいちゃんのイメージしかない。それくらい、普段の自分はあのロビーでうつむいていたのだろうか。

「そしたら、顔よく見たら同一人物じゃん!おもしれーから声かけようと思ったら、勝手に痴漢にあってた、っていう」
「へぇ・・・」
「なに、運命的な出会いじゃなくて残念?」
にや、と面白がった顔で男は笑う。
「いや・・感心した」
「え?」
「ボンボンなのに、仕事も出来るんだな~って。そこまで下調べしてなきゃ、この雰囲気とか、ここまでガチなコスプレイヤー集めたりとかできないしね。」
「・・・」
ハッとして横を見ると、その男は薄っすらと目を見開いていた。
その顔がなんだか怒ってるような、不機嫌そうな顔に見えて
「あ、ボンボンなんか、とか言ってごめん」
なんとなく偏見が入った言葉に思わず謝るが、出て来る言葉は止まらなかった。だって、本当にそう思ったから。
「どうしてもコスプレイベントって、ハロウィンでもない限り、一般のお客さん向けでガチでやってる人たちが馴染めなかったり、逆に一般人が浮いちゃったり・・・結構バランス取れないこと多いんだけど。今日はバランスが取れてるっていうか・・・・スゴイ工夫されてる気がする」
工夫は、素人でもわかる程度で言えば、パレードのみこしに乗れるのはコスプレイヤー、下は一般人としているところ。いわゆるテーマーパークのパレードで言うキャストの役割としてコスプレイヤーがいるため、
クオリティの違いも全然気にならない。見ている側も、ごく自然に感じられる。
ガチの人たちが、なにあれ、って色眼鏡で見られないために。そして、ただ見てる側も楽しんでもらうための細やかな工夫がそこに感じられた。
そしてもちろん、その気遣いはコスプレイヤー側に対しても重々に感じる。
その代表格が、あのドレッサールームだ。
「でも、あそこどうするの?ショッピングモールにはいらないんじゃない?」
「あそこの半分は改修してトイレにするけど、半分はそのまま試着室とドレッサーかな。女って、メイク直ししたり、デート前に着替えたりするんでしょ?」
「さー、デートしたこと無いから」
「え?この間のってデートじゃないの?」
充永がわざとらしく笑う。
「あたしがメイク直ししてるとき、あった?」
「さー、男装から戻った時、かな」
「そりゃーそうでしょ!」
そう笑って、充永の背中を叩く。
軽く叩いたときに見えた顔が、思いっきり屈託なく笑ってて少し心臓が跳ねた。だけど、顔に出さず笑い続けた。
・・・含み笑いとか、裏があるような笑いは見たことあったのに、急にこんな笑い方するなんて。

「皆様、お楽しみのところ失礼致します。本日は、オープン目前のーーー」
急にどこからか声が聞こえて振り返ると、ステージらしきところに司会らしい女性が立っている。
「本日は、充永グループ代表でいらっしゃいます、充永進路 取締役にご挨拶いただきたいと思います」
女性の紹介で出てきたのは、想像よりもうんと若い男性だ。私達と同じくらいじゃないだろうか。ということは、留路の親戚・・・?

「あれ、ウチの弟」
「え!?弟!?」
挨拶する男性は、似ても似つかない感じの男性だ。
いや、髪色が違うからかもしれない。
軽くパーマがかった黒髪を横に流した、切れ長の瞳。
唇は大きくて、・・・さらに、話している内容もものすごく大きくて、ビッグマウスというべきか。
「似てないでしょ?血が半分しかつながってないからね」
「え?」
「母親が違う」
留路は、なんとも無いふうにそう言ったが、自分はその言葉になんと返したら良いか分からない。
「・・・」
手持ち無沙汰になって、無言でステージの男性を見る。

男性のニコニコわらうと口角が上がる印象が大きくて、軽薄そうな印象に見えるが、
彼の上品な立ち振舞がそれを抑えている。
一見チャラそうにみえて上品そうなところは兄弟似ているが・・・。彼は簡単に、経営のためのウソを付きそうな気がする。狡猾、というか一枚上手というか・・・いわゆる経営者独特の雰囲気がある。私は受付で何人もそういう人を見てきた。そしてそういう人ほど大きな会社の代表であり、経営者向きの人間なのだろう。
もちろん、そういう人ばかりでは無いことを承知の上で。
留路はどちらかと言えば・・・正直なことしか言えないような気がする。
わざわざ一回のイベントのために、何度も類似イベントに足を運んだり、めんどくさそうにしていても痴漢を助けてくれたり。言葉遣いは上からだが、どこか根が真面目な気がしている。
そしてそういう人は・・・私の意見から言えば、トップよりも支える側の方が向いている気がする。

「・・・ま、俺にはこういうお遊び考えるほうが向いてるからね」
「・・・」
・・・弟が代表だなんて、どっちが正妻の息子なんだろう。いや、死別で後妻ってこともありえるし・・そもそも、そんな詮索はよくない。それでも。
彼が弟をみるその何か言いたげな視線が、薄い色素の瞳とは正反対に重くて・・・苦しくて。
そんな余計なことを考えてしまった。
この前も思ったことだが、やっぱり金持ちの人生は色々あって、人生イージーモードってわけじゃないんだろう。
「充永さん!おまたせしましたぁ!」
甲高い声に振り返ると、重森がピンクのふわふわしたミニドレス着て立っていた。薄ピンクのオーガンジーが大量に重なった人形のような姿だ。
いわゆる、ドレスという仲間であるが、結婚式とかでは絶対着れないようなソレである。
「って・・あれ?もしかして先輩ですか?」
「・・・そうだけど・・」
「どーしたんですか先輩!!!いつものパシーーーっとしたまとめ髪どうしたんですか!」
「・・・」
「てか!まじでかわいい!!!!なんでいっつもその格好しないんですか?」
重森が急に身を乗り出してきて、思わず引く。
それと同時に、会社や普段の私を知っている人たちから、カワイイなんて言われたことが無くて戸惑う。
「いやいや・・・流石にこの格好は無理でしょ!」
「や、だからそーじゃなくて!髪とか、メイクとか!」
わかってないなぁ、というふうに重森はわざとらしくため息をつく。
そして改めて正面からコチラを見据えると、
「まじで、めっちゃかわいいっすよ!!!!」
と、キラキラした顔で笑った。
「だってよ?」
隣いた留路も、いつのまにか重森側にまわっていて、いつもの含み笑いをしている。

ああ、先程のように思考が乙女だからなのか。
二人にどきどきする。

普通の、会社の同僚や一般の知り合いに、カワイイと言われたことなど何年ぶりだろう。
普通の人だったら、たまに位あるんだろう、服がかわいいとか、髪がカワイイとか、そんなものを、自分の顔やセンスのせいにして放置してきた。
笑われるのが怖くて。可愛い服を、普段の自分が着ても似合わないんじゃないかって怯えて。
あの人が、あんな服着てるの?なんて言われるのが、怖かった。

「・・・あ、ありがとう」

いや、自分は、とか そんなに可愛くない、とか否定する言葉を出そうと思ったけど、やめにした。
ソレぐらい嬉しかった。嬉しいという気持ちを伝えなくてはいけないと思った。
今までの自分は、そういう気持ちを伝えることも放棄していたから。

「重森も、かわいいよ」
「あったりまえですよ!何いってんですか!」

さ、まわりましょうよ!
と重森が笑顔で手招きした。
年甲斐もなく、胸がじんとしていた。
こんなふうに、イベントごとを友達と可愛い服で歩いたことなどあっただろうか。
いや、勿論コスプレしてるときはあるんだけど、でもそれはコスプレの友達。普段の生活は知らない人たちばかり。

普段の、普通の自分が、会社の同僚と笑って歩いてる。
嬉しくて、そして 今までそうしたこと無いことに気がついて。
自分がいかに周りの人達に対して高い壁を立てていたのかということを思い知る。

振り返ると、充永留路が手を振ってた。
重森が一緒に回ろうというと、仕事だから、二人で楽しんで、と笑った。
その顔は、心から いってらっしゃい、と言っているように見えた。
それがなんだか嬉しくて、思わず手を振り返すと、その人は一瞬キョトンとして、そしてまた何故か吹き出すように笑うのだった。

そう笑顔で送り出してくれた彼は、このあとどうしたのかを知らない。
楽しい時間はあっという間で、オープン前イベントのショップは早めにクローズすることになった。

服を返したかったが、その時間までに充永は見つからなくて。

思い返すのは、弟の挨拶を聞いているときの、その人の顔。

ああ、あの挨拶のときに、あんな顔をしているときに、彼を一人にしてしまったんだなぁということだけが、

この日どうしても心に引っかかっていた。


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